「本当によかったよ」

「いやー、ビックリした」

部員たちの安堵の表情に祥人も笑顔で答える。

「いやー、俺もビビったよ!一時はどうなることかと!!」

翼も涙を拭い、立ち上がる。

「あー心配して損した!そのまま死んじゃえばよかったのに!」

「おい翼!滅多なこと言うもんじゃねーぞ!!」


雅樹が祥人の前に立つ。

「バカヤローが。心配かけさせやがって」

その顔はどこか穏やかにも見えた。

「へへっ。悪かったな!よーし、まだ試合はおわってねぇ!!やってやるぜ!」

勢いよく立ち上がろうとした、その瞬間。


「…あれ?」

雅樹が振り返る。

「おい、早く立てよ。監督に怒られるぜ」

「わ、わかってるよ!!今立つところだよ!」

おかしい。

足に力が入らない。

それだけではない。足を掴もうとした、手までもが動かせない。

「お、おい!雅樹!どうなっちまってんだ俺の身体!!」

「なに言ってんだよ。なんもなってねーだろが。ふざけてないで…」

「動かないんだよ!手も!足も!!」

「え…?」




ウゥゥ~

試合終了を告げるサイレン。

実況席のアナウンサーが、興奮気味に喋る。

「第56回夏の甲子園、優勝候補と前評判の高かった真翔大附属高校が、惜しくも決勝戦で涙を飲みましたー!!」

スコアボードの数字は、5ー6×。

惜しくも1点差で優勝を逃した、真翔大学附属高等学校。

泣き崩れるメンバー。
雅樹は天を仰いだ。

そこに、祥人の姿はなかった。



「リンゴ買ってきたぞー!優しい優しい翼ちゃんが、皮剥いてあげよっかー?」

「いらねー。」

テレビに映る光景を真っ直ぐ見つめる祥人。

「もう!可愛げないんだから!!」

「そんな事より、外の空気吸いたいわ。」


翼がゆっくりと車椅子を押す。

外に出た瞬間、夏の暑い日差しが容赦無く照らす。

「雅樹もキャプテンとして頑張ってたね!!…試合は残念だったけど…」

「そうだなー。高校最後の夏が、終わっちまったな」

あの悪夢のような時から2年という月日が流れ、祥人らは3年生になっていた。


「これでみんな受験に専念できるねー。今から勉強するのかな?」

「甲子園で決勝まで行ってんだ、勉強なんてしなくてもどっかの大学から引っ張られんだろ。」

「特に雅樹だな。あいつは大学からいくつ推薦来るか楽しみだな!!」

自分の事のように嬉しそうに話す祥人とは変わり、翼の顔はどこか寂しげな表情を浮かべる。


「キャプテンで、大会ホームラン王だろ?こりゃー凄いことになるぜ!!」

「翼もそう思うだろ!!いやー羨ましいぜ!」

「…祥人、あのね…」

「なんだよ!辛気臭い顔しやがって!」

「あの…」

「なんだよー!言いたいことはちゃんと言えよ!」

「うん…。雅樹からは、祥人に絶対言うなって言われてたんだけど…」

「え?なんだよ!?」

「雅樹、野球は高校で辞めるみたい。」

祥人の顔から笑顔が消える。

「はっ?なに冗談言ってんだよ!あいつほど野球の神様に愛されてるやつはいないぜ!?」

「あいつには輝かしい未来が待ってるだろ!…俺と違ってさ。」

祥人は視線を落とした。いつからか動かなくなってしまった手足は筋肉も余分な肉も削ぎ落とされ、痩せ細っていた。

「…ちょっと待て。まさか、俺の為にか??」

「…紅白戦のあの後、祥人を守れなかったって、祥人が運び込まれた病院の廊下で、雅樹ずっと泣いてた。」

「守れなかったって言ったって、あれは事故だししょーがないことだろ!?」

「あの時真中さんが、わざと祥人を狙って投げそうなのなんとなく分かったんだって。だからその前に祥人に気を付けろって伝えれてればこんな事にならなかったって。」 

「…」

「祥人の球を取れないのなら、もう野球やる意味ないって。本当はあの次の日、退部届けもって監督のとこに行くつもりだったみたい。」

「でも、3年間頑張ってやったじゃねーか!キャプテンとしても立派にチームを引っ張ってさ!」

「…私がお願いしたの。」

「えっ?」

「ここで雅樹が野球辞めたら、祥人が絶対後悔する、祥人は絶対怒る、だからお願い。祥人の事想ってるんなら祥人の分も野球やって。そして2人の夢だった甲子園で優勝してって。」

「翼…」

翼の目から涙がこぼれる。

「いつも野球の話しかしない2人が大好きだった。休みの日、3人で行った海でもトレーニングだって言って砂浜を全力で走る2人が大好きだった。目を輝かせて甲子園で優勝するんだって言ってた2人が大好きだったの。雅樹が野球を辞めることによって、そんな関係が崩れてしまうのが恐かったのっ!!」

翼は、祥人の膝の上に覆いかぶさるように泣き崩れた。


今まで語られることのなかった翼の想い。

自分の人生まで背負って戦ってくれた親友の想い。

野球が出来なくなってしまったことに対し自暴自棄になっていた自分の想い。

様々な考えが交錯する瞬間。


泣き崩れる翼を見て、なにもしてやれない自分に無性に腹が立った。


涙を拭ってやりたい。

泣くなよって頭を撫でてやりたい。

ありがとうって強く抱きしめてやりたい。


「くそー!!!」

涙が止まらなかった。自分の不甲斐なさに、涙が止まらない。



…その時だった。


ピクッ。

ここ何年も感じたことのない感覚。

ピクピクッ。

祥人の左手の指先が微かに動く。



泣き崩れる翼の頭に、優しい手がすっと置かれる。

「…えっ?」

思わず顔を上げる翼。

翼の顔はぐしゃぐしゃだ。涙で滲んで、祥人の顔もよく見えない。

その涙を優しく拭ってくれる温かい指先。

「泣くなよ、翼」

「目が腫れてブサイクになってるぞ!」

祥人も涙でぐしゃぐしゃの顔で、優しく微笑みかける。

「…うるさいよ、ばかぁ~!!」


翼はまた泣きじゃくりながら、祥人の手を強く、強く握った。

祥人の手も力強く、翼の手をしっかりと握り返した。



人の想いが起こさせた、奇跡。


ー奇跡とは待つのではなく、起こすものー


奇跡は、今もどこかで起きているのかもしれない。





【とかげノベルズ】

とかげベイベー「マサキ」と「しょっぴー」が土日限定で交互に、
お互いのブログで感性のみで書き綴る、
全8話の短編リレー小説。



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