2010年。

 

 

 

お店にもなじみ楽しく働いていた。

 

 

 

いつの間にか、アルバイトの中でトップ3に!!

 

 

 

最初は嫌だったが仕方なく引き受けた。

 

 

 

ほかの店舗のヘルプを借りながら日々成長アップアップ

 

 

 

コミ症だった俺は、お客様との会話を楽しめずにいた。

 

 

 

コミュニケーション能力を上げるためまずは、店舗のスタッフと話をし能力を上げていった。

 

 

 

徐々にスタッフとの会話も慣れていき、楽しい日々を過ごしていた。

 

 

 

 

ただただ、稼げて、ドリ場に入れて、人と話せて、日々充実していた。

 

 

 

2011年3月11日14時46分18秒。

 

 

 

その時は訪れた・・・。

 

 

 

その時学校があったが寝坊し実家に居て金曜日でバイトがあったためシャワーを浴び、髪を乾かそうとしていた。

(サボり。。ワラ)

 

 

 

 

大きな地響き。家の中に居ても分かる地響きだった。棚は倒れ、皿はフローリングに散乱。慌てて外に飛び出したが

地、木々は盾に揺れる。建物は左右に。まるでこんにゃくの様に揺れる。犬が側に寄って来る。(実家の庭は車7台は入る広さなので安全と思ったのか。)

 

 

 

さすがに死を覚悟した。この世の終わりだとも感じた。

 

 

 

ふぅ~滝汗

 

 

 

次第に揺れはおさまり家の中へ入りテレビをつけようと思ったがつかない笑い泣き

 

 

 

髪を乾かそうと思ったがつかないゲッソリ

 

 

 

携帯を取りとりあえずバイトのことしか頭になっかた俺は、電話しようと思ったが圏外チーン

 

 

 

俺は自衛隊の時の知恵を使い

 

 

 

近くの山に登りアンテナがある所へ口笛

 

 

 

電波2本。いける。

 

 

 

ひたすらかけ続けた。

 

 

 

10分~20分・・・やっと繋がった。

 

 

 

来なくていいと言われたOrz

 

 

 

・・・多分行っていたら津波で死んでいただろう。バイトリーダーありがとう!

 

 

 

3日後、不安になりとりあえず仙台へ。

 

 

 

店舗はグラス、皿などが散乱。くそ重たいビールサーバーが45度傾いていて営業できる状態ではなかった。

 

 

 

当時のバイトリーダーが必死でかたずけをしていた。

 

 

 

正直、その後の記憶はない。

 

 

 

ある程度、営業できる状態になり出勤はしたもののお客様は0に近い。

 

 

 

その中で勇逸記憶にあるのが関東のお客様だチュー

 

 

 

復興支援の為、来ていただいた関東からのお客様だった。

 

 

 

「大変でしょ。応援してるから頑張って」

 

 

 

心にしみた。本当泣きそうになったえーん

 

 

 

稼ぎもなくなり途方に暮れていた時の一言だった。

 

 

 

専門も辞めざるおえなかった。

 

 

 

店舗も運営できるような状態ではなく、撤退しなくてはならない。店舗移動も考えさせられた。

新たな職場を探していたところ

 

 

 

奇跡!!

 

 

 

オープニングスタッフ募集!!えっラブラブラブラブ

 

 

 

友人も募集していた。

 

 

 

決まりびっくり

 

 

 

はっぴ仙台店。

 

滝田店長との出会いだ。

(のちにまた出てきます。ワラ)

 

 

 

震災前から、オープニングスッタフを募集していた(定かではないが。)

採用され前店舗を辞めはっぴへ。

 

 

 

新店は本当に忙しかった。

ほぼ毎日が80%埋まっていただろうか。

もちろん、金曜土曜日は満席。

 

 

 

当時は楽しかった。

 

 

 

しかし!!

 

 

 

何故か辞めたくなった。

 

 

 

 

今思うと人間関係に疲れたのかな。

まるさん、滝田さんのグチに疲れた。

(滝さんもう言っちゃいます。)

 

 

 

飲食から手を引こう。

 

 

 

もう、疲れた・・・。

 

 

 

続く。

 

 

 

 

 

 

t