ご無沙汰してます💦
昨年頭に事故に遭い、あとになってからむち打ちなどの症状に悩まされてた昨年今頃。
文字を見るのがしんどくてブログから少し離れていたら、娘の受験モードに突入。
そもそも夫が亡くなって、自分の気持ちを整理するために始めたこのブログ。
いろんなことに折り合いをつけなければ生きていけなかったのに、今ではわざわざ文字にしなくても上手に過ごせるようになっちゃった。
40代にして人生の達人になったんじゃないかな…なんてちょっとふざけたこと考えたりして。


そうこうしてたら新年度を迎え、さらに季節までも飛びこえてしまった。

娘も息子もそれぞれ学校を卒業し、新生活を送っている。

夫を見送ったとき、ふたりとも小学生だった。
娘なんて2つも学校を卒業してるのに、夫はどちらも見てないなんて。
もう少し生きてみたらよかったのに。
この4年、何度こう思っただろう。
いや、わかってるよ?
彼自身が一番そう思ってることも。
でも、遺された立場としてはやっぱ素直にそう思ってしまうんだよなー。

それに、受験生を支えるのもなかなか大変だったし😗

楽な高校受験を目指していたのにいつの間にか一番遅い日程の都立高校受験を本人が希望した上、超人気校を選んだからさあ大変😖
二学期からは月2で模試が入り、悪名高いESATJ(英語スピーキングテスト)の準備。
内申点も疎かにできないから、定期テストも気が抜けず、体調管理に必死だった。
都立1番の倍率の高校だったから、A判定でもいつも不安だった気がする。
受験シーズンに入ってからは本人のストレスがMAXで、ご飯が喉を通らない…と食べることが大好きな娘がそうなるなんて!と本当に心配だった。
そうなると、息子のことは後回し。
お母さんが話を聞いてくれない…不満と子供から保護者へと学校で書いた手紙にそう書かれてしまい、思い当たるフシしかなくてあー💦ってなった。

学校見学や説明会で半日以上家を空けないといけない時は、両方の実家に遊びに行かせたりして、とてもじゃないけど一人ではどうにもならないことも多々あった。
快く受け入れてもらえたから、息子もさみしい思いを減らすことができて、両親義母には感謝しかない。

おかげさまで無事第1志望校には合格キラキラ

超都心にある学校で、道路挟んで向かいにある映画館から学校の屋上(7階!)に設置されてるプールが見えますびっくり

でも本人は部活に忙しく、歓楽街で遊ぶ機会は2ヶ月経った今もないみたい。
入学当初は休み時間ごとにLINEが来て、束縛系彼女か?と思ったけど(笑)
今じゃ帰宅の連絡くらい。

少しずつ新しい仲間に馴染んでるんだろうなと母も安堵デス指差し



夫には度々報告してるし、多分そのへんで見守っているんだろうけど。

やっぱさー新生活を頑張ってる2人の近くで、もう少し生きてみたらよかったんじゃないかなー?