吾左衛門鮓
こんにちは、やまぼうし です。
2010年の流行語大賞が「ゲゲゲの~」に決まりました。
ゲゲゲの鬼太郎の作者、水木しげるさんのご出身は鳥取県境港市ですが、東京から飛行機で行くと米子空港(今では米子鬼太朗空港と呼ぶそうですが)で降ります。私も、ビジネスで何回か利用しましたが、米子空港で思い浮かぶのが、『鯖ずし』なのです。
(飛躍しすぎで、すみません)
「吾左衛門鮓(ござえもんずし)」というのですが、ここの鯖ずしが、ものすごく美味しいのです。日本産の肉厚の鯖、まろやなか酢飯、柔らかく炊き上げた昆布、が絶妙の味に仕上がっているのです。吾左衛門鮓は、鯖だけでなく、鯛や蟹なども扱っていますが、鯖鮓が一番でしょう。
押し寿司というのは、もともとは保存食なのですね。時間が経って酢飯と具がなじむ頃合いが一番大切です。メーカーである株式会社米吾さんは、今では、急速冷凍や熟成解凍の技術を使い、商品管理をし、米国への輸出も企画しているとのことです。
フグの毒
こんにちは、やまぼうし です。
寒い季節になり、鍋料理が恋しくなりました。
今日のテーマは「フグの毒」についてです。
フグの毒については、解明されていない部分が多いようですが、フグは毒を自分自身の体内でつくっていないことは、ご存知でしたか。
有毒プランクトンを食べた貝類などの捕食を通じて、生物濃縮されたものが体内に蓄積されたと考えられています。養殖されている大半のフグは無毒です。しかし、なぜフグにだけ食物連鎖の毒があるのかは解明されていません。不思議ですね。
ここで注意です。
フグ毒の成分は、テトロドキシンやサキシトキシンですが、その毒性は青酸カリの1,000倍と言われており、熱を加えても分解しません。そして、現在、解毒剤や血清はありません
摂食後の20分程度から、指先や口唇部および舌端に軽い痺れが現れ、意識が明瞭なまま麻痺は急速に進行し24時間以内に死亡する場合が多いとのことです
過去のフグによる食中毒死のほとんどは、資格をもたない一般人が調理した結果起きています。
よって、フグを食べるときは、免許をもったフグ調理師のいる店で食べましょう。
田端という町
こんにちは、やまぼうし です。
11月28日の日曜日に、ある資格試験があり「田端」へいきました。
(資格試験については、後日お話いたします)
東京都北区田端、この田端駅の西側には大正時代に数多くの文士が住んでいました。
芥川龍之介、室生犀星、菊池寛、堀辰雄、萩原朔太郎などが、この地から作品を発表し、名声を高めていきました。
もともと、明治中期まで、田端は閑静な農村でしたが、明治22年、上野に東京美術学校(現・芸大)が開校されると、学び、巣立った若者たちが田端に住むようになったとのことです。
私が、是非訪ねたかったのは、八幡坂を下った右手にある「大龍寺」でした。
そこには、「正岡子規の墓」があります。
(大龍寺) (子規の墓)
自分の死までも、写実的に見つめた、俳句・短歌の改革者は、故郷の松山から遠く離れた田端の片隅で、何を思って眠っているのでしょう。
修飾語が飛び交い、一語一語が軽く、言葉に責任をもたない日本人をなげているのかもしれません。
『一語にこだわり続ける姿勢』に感銘をうけます。
正岡子規については、秋山兄弟とともに、司馬遼太郎の「坂の上の雲」に生き生きと描かれています。昨年に引き続き、今週の12月5日より、NHKでスペシャルドラマとして第二部が始まります。
「吉原の太鼓聞こえて更くる夜にひとり俳句を分類すわれは」 (子規)
子規が東京根岸の子規庵で亡くなったのは、明治35年9月19日。
芥川龍之介が、田端に移り住む、12年前でした。
変革について
初めまして、やまぼうし です。
今日からブログをはじめます。
日々の出来事をちょっとだけ深く考えてみようと思い、パソコンに向かっています。
さて、第一回のテーマですが、『変革』について考えていきます。
昨年9月に民主党への政権交代がおこなわれ、今年こそ日本が大きく変わっていくだろう、と思っていた方が多かったのではないでしょうか?
でも、実際はあまり変わっていない(ように見えます)。
では、なぜ、変わっていないのでしょうか?
制度でも、建物でも、まず今あるものを壊さないと、大きくは変えることはできません。
私たちが、新政権に期待したことは、『変革』ですが、変革はまず破壊から始まります。もちろん、一貫性や連続性が必要なことはたくさんありますが、破壊を乗り越えないとなにも新しくは生まれません。
今の政権は、破壊をおこなうことができないのです。
思想としての「狂」(吉田松陰の言った 狂 です)が無かったのでしょう。
破壊者は、己の良心に従って、破壊者の仕事だけを徹底的にすればいいのです。変革期には、まず、志を持った破壊者が登場するもので、その役割を演じられる者のみが先駆的な変革者となるのです。
一方、神戸女学院大学の内田樹教授は、ブログのなかで、
「私は実は「変革には反対」なのである。とりあえず、現代日本で「根底的な変革」という言い方をしている人に対しては不信感をぬぐえないのである。」
「「社会を一気によくしようとする」試みは必ず失敗する。それは歴史が教えている。」
(引用:http://blog.tatsuru.com/2008/01/09_1752.php
)
と言われており、変革という言葉の胡散臭さを指摘されています。
今、時代は混沌としています。
私たち、ひとりひとりが、「変革期の哲学」を持つことが必要なのではないでしょうか。