ジャマイカで最もリスペクトされているアーティストのひとり。スカから、ロック・ステディ、そしてレゲエに進化するプロセスを体現し、ジャマイカンミュージックの歴史を語る上で欠く事の出来ない人物。それがボブ・アンディだ。1970年から75年にかけてレコーディングされた楽曲を編集し、自己のレーベル「アイ・アンカ」から86年に発表したアルバム『レトロスペクティブ』。この中には、ロック・ステディ全盛の頃の平和で穏やかな音作りから、「レゲエ」という、より濃縮された音楽へ変貌していく時期の流れが感じ取れる。

四分音符をしっかりと刻むリズムが、躍動するグルーブ感を生み出していた「スカ」の時代が過ぎ、やがてホーンセクションが後退。ゆったりしたリズムに乗り替わる「ロック・ステディ」の時代へ入る。硬質な物質が高温でゆっくりと柔らかく溶けだすような変化。その緊張感の揺らぎは、音と音をつなぐシンコペーションの効いたベースラインにも現れていた。コーラスを重視したメロディアスなサウンドも特徴的。ボブ・アンディは、ザ・バラゴンズのメインヴォーカリストとして、時代のメインストリームを走った。しかしこの「ロック・ステディ」は、実は次にやって来るとてつもなく大きなエネルギーを内包した「レゲエ」に変貌するまでの、一通過点にすぎなかった。。‘スッチャッカッ スッチャッカッ,と2拍目と4拍目にギターカッティングが入る「オフ・ビート」。3拍目にバスドラやリムショットでアクセントが来る「ワンドロップ」と呼ばれるドラミング。地を這うようなこのリズムコンビネーションが、エクスタシーを誘う‘洗脳ビート,になった。滑らかで甘美な楽曲達は、新たに出現したこのリズムと、魂のメッセージ、自由と解放の叫びによって‘どこにも見たことがない音楽,に生まれ変わっっていったのだ。

ジャマイカの音楽ルーツを辿るときには、必ずこの時代の変遷を紐解かなければならない。そんな時代に生き抜いたボブ・アンディは、今や60代半ば。まだまだ健在だが、すでに歴史上の重要人物として位置づけられている。 『レトロスペクティブ』では、レゲエを独自のパフォーマンスで表現し、この時代に気持ち良く呼応している姿がしっかりと映し出されている。音楽をこよなく愛するボブが、レゲエのリズムに乗せながら、丹精込めて作り上げた一曲一曲を、慈しむように歌う。それは自分に言い聞かせているようでもある。メッセージソング、応援歌、ラブソング。明快な意思と強い説得力を持つが、どれもシンプルで、優しく、温かだ。ハートにじんわりとしみてくる根源的な歌。過度な加工や装飾をせず‘メロディと詞,のクオリティにとことんこだわる。だから多くのアーティストに何度もカバーされる。磨きぬかれた本物の宝石達は、永遠に輝き続けているのだ。沸き溢れるようなソングライティングで、次々と自作曲を発表しながらも、87年にはタフゴングのA&Rディレクターとして、アーティストの発掘やプロモーションを行い、また89年にはオーストラリアへ渡り、地元レゲエバンドの育成に取り組む。ボブのピュアなハートが、時代や世代を超えて、レゲエを世界へ導いていった。