川岸の向こうで燃えている火事なら、類焼のおそれが まったくないことから、自分には まったく関係のないことのたとえにいう。
《対岸の火災》
《山門から喧嘩を見る》
安全な場所にいて、他人のけんかをみるということ。
高みの見物ということ。
(「実用ことわざ小事典」永岡書店より)
ことわざってTVやネットのない昔にできたもの!
だから、実際にみるか?噂話で聞くか?なんだけど…
現代は、TVやネット画像で実際におきている風に遠く離れたところで惨状を目にすることになる。
そのときにどう感じ、どう実行するか?でその人の人間として生まれたこと(価値)をお天道様?神様?仏様?に試されるのだと、思う。
どう感じたか?は、口にしなければわからない。
他人事だと思い、ざまぁみろと、口に出さなくても…
それは、心の中の話。
ただ、それによってその人の人生が、変わっていくように思う。
3D、ドラマティック音量の現代なんだけど…。
こんな考え方をする私って古臭いんだろうなぁ?
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