目の見える人間は、見えるという幸福を知らずにいる。
(「ことわざ小事典…付・世界の名言」永岡書店より)
そうなんでしょうね!
幸福なんでしょう。
でも…
介護をしている時に生まれつき目の見えない方と、話をした事が、ある。
「不自由で大変でしょう?」と、問いかけると、
「どうして?ものが、見えるってどういう感じなの?
その人が、どういう人か?
声の感じとか、話し方、握手をしてもらった手の感触でわかるものじゃないの?
自分の姿もどんなのかわからないから…そういうあなたもどんな感じなの?」と、反対に、訊かれてしまった。
目が、見える人は、自分の姿かたちは、鏡を見て、撮影してもらったら写真や映像で見ることが、出来る。
でも目が、見えない人は、感覚で見ることとなる。
だからかもしれない。
目の見えない方は、風の音、空気の流れ、温度の変化から、天候の変化や人の考えていることが、わかっているような感じであった。
目が、見えない代わりに別の感覚が、研ぎ澄まされているような気が、する。
どちらが、幸せなんでしょうかね!
現実を目の当たりに見なければいけないのと、感覚で感じ取らなければいけないのと…。