これまでの地位と場所を明け渡すときは、身のまわりをよく整理して、見苦しいあとを残さないようにするのがよいということ。
(「実用ことわざ小事典」永岡書店より)
私が、まだ幼い時
おじいちゃんと、散歩をしていて軒先のツバメの巣を見てこのことわざの話を聞いた。
ツバメのエサは、虫
でも冬になると、そのエサが、無くなってしまう。
だからエサのあるところに渡っていく。
巣は、そのままにして…。
そしてまた、次の年に渡ってくるって…。
渡ってくる間、鷹に襲われるかもしれない。
でも、また巣にもどると、云う習性を心のよりどころにして渡ってくるって…。
「巣=家」ってそれだけ大事なところだって…。
その当時は、まだ訳の分からない子供だったので
わかりもしていないのに「わかった」と、答えてしまっていた。
今、思うとそのツバメってつがいだったのだろうか?
?
巣ごとに別の相手?
?
なんか船乗りさんやプロ野球選手が、港港、球場球場に家が、あるみたい…。
よっぽどたくわえと、体力が、ある甲斐性のある人なんだなぁと、下世話なことを考えてしまう。
話を戻して
おじいちゃんが、
「巣から離れるとき、ツバメでさえツバメなりに巣が、見苦しくないようにしていく」って、だから人間も、食事やトイレの後、よそさんに宿泊した後は、元あったようにしておかなければ、その人間って鳥以下だって…。
昔話ついでに○×年前
20歳のお祝いにシンガポールに初めての海外旅行に行ったときのこと
バスで市内観光をしたのだが、マクドナルドだっけ?
途中バスで寄って休憩をした。
一番年下の私が、紙コップや、紙包みをごみ箱に入れようとすると、シンガポール市内観光の案内をしていた方に一喝されてしまった。
「雇用の確保のため、ごみは、そのままにしてください」って…。
「そうなの?」
「何かなぁ…」と、口々にみんなでバスに戻った。
すると、その帰り際、当地の人から、鋭い目で見つめられ、あちゃらの言葉でぶつぶつ言われながら、私たちの食べた後を掃除しているのを見てしまった。
子供のころから日本人って
《立つ鳥あとを濁さず》
ってあたりまえのこととして育てられてきたもんじゃないの?
?
その国の風習なのかもしれないけど
なんか、腑に落ちない気持ち悪い感情を抱いてしまった。
今は、違うのかもしれないんだけど…。