おく病な気持ちから、五十歩逃げても百歩逃げても逃げたことにはかわりはないことから、多少の相違はあるものの、本質的にちがいはないこと。
(「実用ことわざ小事典」永岡書店より)
今日からは、【五】で始まることわざ
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「《三十六計逃げるに如(し)かず》」 http://ameblo.jp/masae807/entry-11215705016.html
「逃げる」という行為
どうしても
侍の国
日本人にとっては、
逃げる=卑怯
と、見られてしまう。
男のくせに…
いい大人が…
逃げるなんて卑怯だって…。
でも好き好んで男に生まれてきた訳じゃないんだし、生きていたら勝手に子供→大人になってしまっただけ…。
それを独断的に切り捨てるように非難することは、いかがなものなのでしょうか?
?
人間
色んな体験をすると臆病になるのは、仕方ない事なんじゃないだろうか?
?
もし非難していたら
生まれ変わって反対の立場になるんじゃないだろうか?
?
と、思ってしまいます。
ただ…
「多少の相違は、あっても本質的には違わない」
一度、言動を起こした事実って拭えることは、できない。
消して、知らんぷりしても、誰かが、見たり聞いたりしていると、
なかったことには、ならない!
特に今は、携帯のカメラや高度な隠しカメラ、性能の良い集音装置つき録音機(ボイスレコーダー)、PCの保存機能…
証明するための技術が、発達している。
だから難しいんですよね!
世の中を上手に渡るって…。