今朝は、痛みが、強烈だったので、休み明けで特に忙しい日だったけれど当日休暇を頂いた。
先輩すみません。

早く痛みを、止めたくてご飯を食べないで痛み止めを、飲んだ。
けれど痛み、収まらない。
何も痛みのない右足が、まるで鉛の棒のように冷たい。

喉も乾き、お腹も空いたけれどトイレへ行く痛みを、思い絶食していた。

でも…痛くて寝てもいられない。
薬をと、思うけど、鉛の棒のようになった右足の感覚が、思い出されて躊躇してしまう。

何か食べてから飲んだらイイんだけど…決心が、つかないし食欲が、なくなってしまった。

ダメな人間だなぁーと、情けなくなってしまう。


介護をしている時に利用者の方が、
「トイレへ行く事になるから食べたり飲んだりしたくない」と、おっしゃっておられた。
なだめて飲食して頂いたけれど…。
自分が、その立場に直面すると、その立場の方々の心境が、見えてくる。


《姥捨て山》
はじめ知った時
なんてむごたらしくて残酷なんだと、思った。

でも自分が、年をとり、痛み、痒み、苦しい状態に追い込まれると
「食べる」と、云う人間としての一番の欲求が、消えてしまうような気が、する。

そうなったら衰弱

餓死

誰かに、背中を押されないと、死への旅立ち
怖くて出来ない。

そう思うと
《姨捨山》
理にかなった方法だと、思ってしまう。
死体を鳥が、エサにする。
その鳥を食物連鎖…回り回って人間が、食べる。

なんせ
自分の子供には、面倒をかけたくない。
その子供が、背中を押してくれる。
昔は、食べる物が、なく口べらしが、一番の理由だったけれど…。
子供の想い
いかばかりだったのだろうか?
私は、
自宅では、嫌だ。
今の、自分の部屋では死にたくない。
餓死の死体が、あった部屋では亡くなった後、気味悪がられて、部屋を売れないじゃないの?
(と、すぐお金の事を考えてしまう)

そうなると、よそで逝きたいと、思ってしまう。



やっぱし病院が、イイなぁー。
あと解剖でも何でもしてイイから病院で逝きたいと、願う私って…おかしいんだろうか?

パソコンの前に行くと痛みを、感じて困っている。
携帯電話からの更新て申し訳ありません。
(ρ_;)