吾人(ごじん)は自由を欲して自由を得た。
自由を得た結果、不自由を感じて困っている。
(「ことわざ小事典…付・世界の名言」永岡書店より)
吾人(ごじん):われわれ。われら。
(角川国語辞典より)
自由→一人暮らしと、思っていた。
今まで結婚するまで家族との生活
何不自由なく育ててもらったけれど、
末っ子、一人実家に残った子供の宿命?
周りの特に親の干渉が、うっとうしかった。
結婚して、子供を授かり
幸せだった時もあるけれど
生来、人からの干渉が、イヤだと、思っていたので
離婚して一人暮らしをすることと、なった。
最初は、娘と、一緒でない事が、なんとも言えず不安な日々だった。
でも…なれない仕事に夢中になっていたので
親の事もそっちのけで毎日飛び回っていた。
そして両親も亡くなり、色んな仕事に就いて
色んな人と、出逢い、別れを繰り返し
今日に至っている。
前のブログにも書いたけれど
《おひとりさま》→自由
なんだけど、それも自分自身が、健康であればこそ、つかめるもの!
不健康になれば、みじめなものだと、云う事が、今回の腰痛で実感してしまった。
一人で暮らすって同居人からの干渉が、ない。
気楽と云えばそうなんだけど、いざとなったらすぐに助けが、ない。
気楽だと、思われているから、助けをすぐにお願いすることを躊躇してしまう。
そうなってくると心細さが、増してしまい、わらをもつかむ想いになってしまう。
朝になってトイレに行きたいのに、片足でしか歩けない。
↓
マンション、朝早くに物音が、すると苦情のチラシが、入る。
↓
ほふく前進でトイレまで這って行く。
お風呂あがって着替えようにも、パンツが、はけない。
情けないなぁとは、思っていてもぎりぎりになるまで、人の助けを拒んでしまう。
人の助けが、後々自分に対しての干渉になると、思い込んでいたから…。
面倒をかけたくない
文句を言われたくない
意見されたくない
干渉されたくない
「自分は一人で生きている強い自由人だ」
と、精一杯イイかっこしていたのだと、思う。
でも…結局は、人の、身近な人の助けが、なければどうしようも出来ない。
弱い人間なんだなぁと、実感してしまう。
面倒をかけたりかけられたり
文句を言ったり言われたり
意見したり意見されたり
甘えたり甘えられたり
干渉したり干渉されたり
・・・・
干渉されるって他人ごとにたち入ってさしず・じゃまをすることなんだけど…
その人に興味が、なければできないこと
持ちつ持たれずの同居人
夫婦、家族、恋人、友人が、いないことが、何よりも心細いと、感じてしまった。
だからって
もう10年以上も《おひとりさま》
ちょっとやそっとじゃぁ同居人
見つかるわけもない。
今からは、これまでの好意の知人、親せき関係の方が、何よりも大切だと、思っています。
自由と、不自由
反対言葉だけど、同居しているんだなぁと、思ってしまいます。