○×年前
まだ子供の頃住んでいた家の廊下に黒塗りの電話機が、置いてあった。
子供の頃は、それに触りたくて、鳴ったら出たくてたまらなかった。
でも私が、出て「お待ちください」と、云ってそのまま受話器を元に戻して消してしまったり呼びに行って、忘れてしまったり、受話器をぶら~んとしてしまったりしておいたので
「お前は、出るな!」と、云われていた。
電話の応対は兄や姉は、ちゃんと、出来ていた。
早くできるようになりたいと、思った。
家の決まり事で
「電話が鳴ったら、近くにいる者が、すぐに出る事」
そうこうするうちに私が、出てもなにも言われなくなった。
FAXや携帯電話のない時代
家で商売をしていた私の家には、「読みあげ電報」が、送られてくるのが、日常茶飯事だった。
電話は、出ることが、出来ても、受話器の向こう側から読み上げられる電報をB6?のマスの入った原稿用紙みたいな専用用紙に、写し取るのは、とても難しい作業なので、子供の私は、免除されていた。
この「電報」が、いつ届くかわからないので、誰かが、留守番をしていなければいけなかった。
そのため、家族旅行はもちろん、家族全員でのお出かけも夢のまた夢だった。
ある日
兄姉も外出
父母が、急に出かけなければいけなくなった。
家に残ったのは、おじいちゃんと私だけ…。
母が、電報の受け方を教えてくれた。
朝日のア…って。
そして二人が、出かけて行った。
そして何時間たっただろうか?
うとうとしていたら電話が、鳴った。
「読みあげ電報」だった。
応対が、子供の声だと、わかって
「大人の人いないの?」って…。
おじいちゃんを見たら寝ていたので、起こしたら悪いと、思って、
「ハイ、私だけが、留守番しています」って思い切り大人っぽい声で答えた。
内容
チチ○○シス
時々父母の話に上がるおじちゃんの名前だった。
シス。
意味が、よくわからなかった。
そのうち父母が、帰ってきた。
玄関に迎えに行き、電報用紙を見せた。
それまでのほっとした雰囲気が、一変してしまった。
「いつだったんだ!」畳み込むように言われて1時間前ぐらいと、答えると、
「なんではっきり時計を見てないんだ。○○のおやっさんが、亡くなった。用意してくれ」って…。
母が、それから父のバックに服やなんやからの準備、時刻表での電車の確認、タクシーの手配をばたばたと、していた。
父は目が、覚めたおじいちゃんと、何か話していた。
ほんとは、おなかが、すいていたけれど、ことの重大さに立ち尽くしてしまっていた。
そして父が、タクシーに乗って出かけて行った。
・シ→死
・キトク→危篤
・ジコ→事故
この3文字が、電報の文面にある時は、たいへんなことだと、云うことを幼心に理解した。
だから嘘をついて
チチ キトク
ハハ シス
を、使って…それが、冗談だとして仕事や約束事を休んだりする人を 私は、信用できない。
またジコと、偽って振り込め詐欺をする人には、天から最大級の罰が、当たること
を願ってしまう。