今日は水曜日、
しゃべくりキャンパスですよ~!
本日は、津田塾大学 放送研究会

テーマは、

ガリガリ君入浴剤発売

・津田塾の動物

です。

津田塾の動物・・・?

時間は、20時~20時30分

サイトは、キャンパスNOW http://campus-now.com/index.html )です。
女子大生トークをぜひ、ご覧ください!


では、世界に誇る日本のすごいチカラ
今回は「南極の岬に名を残している日本人がいる」です。

脚気がビタミンBの不足で起こることは現在ではよく知られていますが、明治初期には原因も治療法も分からなかったのです。1883年、いち早く「脚気の原因は栄養のバランスだ」と唱え、「ビタミンの父」と称されるのが高木兼寛です。

当時海軍では脚気になる兵が多く、問題となっていました。英国で医学を学んだ高木は、白米中心の兵食の主食をパンや麦飯に代え、副食に肉を増やすことを提案。
一方、陸軍ではドイツ医学を学んだ軍医らが「伝染病説」を唱えており、真っ向から対立しました。
結果、海軍は兵食の改善が功を奏し、日清・日露戦争では脚気患者はほとんど出なかったのです。

1912年にはフンクがビタミンを発見マッカラムが脚気予防因子を「ビタミンB」とし、高木の説が正しかったことが裏付けられました。
ちなみに「伝染病説」を最後まで曲げなかったのが、当時軍医だった文豪・森鴎外なのです。

そして、1959年、英国の南極地名委員会南極半島「高木岬」を命名。
岬に名を残している唯一の日本人であり、欧米においていかに評価が高いかを物語っています。
(出典:世界に誇る日本のすごいチカラ   三笠書房)

高木兼寛って知ってました?僕は知りませんでした。すごい人がおるんですね。
高木兼寛は、
1849年、現在の宮崎県宮崎市高岡町に生まれ。
1870年、鹿児島医学校で英医から医学と英語を学ぶ。
1875年、英セント・トーマス病院医学校に留学。
1880年、帰国し、東京海軍病院院長に就任。
1881年、成医会講習所(東京慈恵会医科大学の前身)を設立。
1882年、有志共立東京病院(東京慈恵会医科大学付属病院の前身)を設立。
1883年、「脚気の原因は栄養にある」と発表。
1885年、看護婦教育所(日本初の看護学校)を設立。
1887年、帝国生命保険会社(現・朝日生命)の創設に参画。
1888年、日本初の医学博士号を授与される。
1920年、72歳で逝去。
1959年、英国南極地名委員会が「高木岬」を命名。


ん・・・こんなすごい人を知らなかったとは(>_<)
では、また明日(^-^)ノ~~