昨日は久しぶりに遅くまで飲んでしまいました。今朝はしんどいです(ノ_-。)
仕事をやる気がでません。ボスにいわせれば「お前の仕事をやる気がないのは、いつものことだろう!」とのことですが、「そんなことありません」と反論をしたいところなのですが、当たらずとも遠からずということで、「はぁ」とだけ返事をしておきました。これでまた評価が下がりそうです(>_<) まぁ、いいか。
まずは、しゃべくりキャンパスのお知らせ
今日のしゃべくりキャンパスは、慶應義塾大学 放送研究会です。
20時~20時30分
キャンパスNOW( http://campus-now.com/index.html )
LIVEですから、Twitterで質問ができます。ご覧ください!
では、今日の歴史にまいります。
今日は「1954年(昭和29年)9月26日、日本最大の海難事故発生」です。
青函連絡船、洞爺丸が洞爺丸台風こと台風15号(通称:マリー)が引き起こした暴風と高波により転覆・沈没し、死者・行方不明者あわせて1,155人という日本海難史上かつてない洞爺丸事故を起こした悲劇の船として歴史に名を残すこととなってしまった。
洞爺丸は、戦災で壊滅した青函連絡船の復興のため、国鉄がGHQの許可を受けて建造した車載客船4隻のうちの1隻。(Wikipediaより)![]()
では、では、世界に誇る日本のすごいチカラです。
今回のすごいチカラは「世界のジーンズ・ファンが岡山県に注目するワケ」です。
ジーンズのルーツはアメリカで鉱夫たちのためにつくられた作業着だ。おなじみのリーバイ・ストラウス社が製品化し、戦後日本に輸入されました。
これに最初に目をつけたのは、綿の学生服の生産で市場を独占していた岡山県倉敷市児島地区。合成繊維の普及によって紡績や染色といった地場産業の存亡が危ぶまれる中、1965年、マルオ被服(ビックジョンの前身)が自社縫製のジーンズを製品化しました。これにより児島が「国産ジーンズ発祥の地」と呼ばれるようになったのです。
また、同じ岡山県の井原市も伝統的な綿織物が盛んであり、デニムに似た小倉織の産地で、いち早くデニム生地生産に着手し、「ジーンズのふるさと」と呼ばれるよになりました。
岡山県は近年では、伝統的な技術を活かした高級ジーンズやオーダーメイドジーンズなどで、世界のファンから「ジーンズの聖地」として注目されています。
(出典:世界に誇る日本のすごいチカラ 三笠書房)
岡山に隣接している広島県福山市には、デニム生地生産の日本最大手メーカーのハイカラの本社もあり、この地域一帯はジーンズのメッカなのです。
ちなみに、ビックジョンの社名は創立者、尾崎小太郎の名前に由来するもの。これまでに「CANTON」などのジーンズの委託製造を行っていたが(後にラルフローレンジーンズの委託生産もしていた。)、オリジナルブランドのジーンズを発売するに至り、ブランド名を自分の名である「小太郎」をもじり、リトルジョン(「太郎」が日本でポピュラーな名前、「ジョン」はアメリカでポピュラーな名前ということによる)としたのだが、「リトル」では大きな商売はできないと判断。転じて「ビッグ」、そこからビッグジョンの名が冠されることとなったそうです。
(Wikipediaより)
では、また明日といいたいところなのですが、明日から30日まで所用で奈良に行かなければならず、今月は今日が最後です。
では、また来月(^-^)ノ~~