前回のブログ更新からまた日にちが空いてしまいましたが…、前回の記事で書いた9月23日(秋分の日)須野町での木花堂リニューアルオープンなんですが、当日は僕らの予想を上回るほどのたくさんのお客様(60名近く)に来て頂けました。人口5人の限界集落が全住民数の何倍ものたくさんの方々で賑わいまして、ほんとうにありがとうございました。。
お店の改修作業もなんとか、ぎりぎり間に合いました。ド素人丸出しながらも古民家を自分たちの手で改修しお店開店の状態にまでなんとか持ってきましたが、いや~、なんとかなるもんですね(笑)
(とりあえず、お客様にここはお店なんだと思ってもらえる最低ラインに達しただけで、これからも理想のお店を目指しての改修作業は続きますが)




時々たま~に、「よくこんな所でお店をやろうと思いましたね」とか「ここでお店を開くのは相当勇気がいったでしょう?」などと、人から言われることがあります。
が、僕ら二人ともここでお店をやろうとした際に、まったく勇気というものを出してないし(笑)、ごくごく自然な流れでこういうことになったんです。
お店をやるにあたって『お金を儲ける、稼ぐ』ということが第一の目的ではないので、前回のブログ記事にも少し書いたように、まずは自分たちの生活(田んぼや畑をやったり、薪を割ったり、薪でご飯をつくったり…)を丁寧にやっていくことが一番大事なことなので、それよりも、ここ熊野や須野や、僕らがやってることに興味があるという方々に、お店があるということを口実に?熊野や須野や自分たちの暮らしぶりなどを実際に見に来て頂くことが、うれしいんです。
とは言え、今の資本主義社会の中で生きていくためには、税金や国民健康保険やガソリン代や…、お金というものがある程度は必ず必要です。それで、僕らの毎月の生活に最低限必要なお金はいくらなのか?を算出しました。
現在お風呂や調理は薪の火でやっているのでガスを引いてないですし、水は山水なので無料ですし、電気だけは現在、中部電力さんと契約してますが(電気もゆくゆくはオフグリッド式に自給をしていきたいです。こちらのお宅のように→http://ameblo.jp/green-note-page/entry-11927784609.html)、あと携帯電話は須野町自体に電波が届いてないので(汗)、先日解約をしました。
そのように、生きていくことに必ずしも必要でなさそうなものをどんどん削っていって(必要経費の断捨離)、毎月の生活に最低限必要なお金はいったいいくらなのか?を算出したら、いわゆる世間一般での毎月の平均的支出額と比べると、かな~り低い額で生活していけることが分かり、そうするとお金のために働く時間を生活のための時間(田んぼや畑、薪拾い&薪割り、料理、保存食づくり、DIY、もの作り…)に割り当てることができます。田舎や限界集落ではこのように支出を抑え、お金のために働く時間を少なくすることができると思います。
以前にも何度かご紹介させてもらった「里山資本主義」の本の中で、個人的にとても共感している箇所を再度、以下に抜粋させてもらいますが、、、
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マネー資本主義に染まり切ってしまった人の中には、自分の存在価値は稼いだ金銭の額で決まると思い込んでいる人がいる。それどころか、他人の価値までをも、その人の稼ぎで判断したりする。違う、お金は他の何かを買うための手段であって、持ち手の価値を計るものさしではない。必要な物を買って所持金を減らしても、それで人の価値が下がったわけではないし、何もせずに節約を重ねてお金を貯めこんでも、それだけで誰かがあなたのことを「かけがえのない人だ」とは言ってはくれない。そう、人は誰かに「あなたはかけがえのない人だ」と言ってもらいたいだけなのだ。何を持っていなくても、何に勝っていなくても、「何かと交換することはできない、比べることもできない、あなただけの価値を持ってる人なのだ」と誰かに認めてもらいたいだけなのだ。さらにいえば、何かの理由でお金が通用しなくなったとしても、何かお金以外のものに守られながら、きちんと生きていくことができる人間でありたかったはずなのだ。
そうであれば、持つべきものはお金ではなく、第一に人との絆だ。人としてのかけがえのなさを本当に認めてくれるのは、あなたからお金を受け取った人ではなく、あなたと心でつながった人だけだからだ。それは家族だけなのか。では家族がいなかったら、家族に見放されたらどうするのか。そうではない。人であれば、誰でも人とつながれる。里山資本主義の実践者は、そのことを実感している。
持つべきものの第二は、自然とのつながりだ。失ったつながりを取り戻すことだ。自分の身の回りに自分を生かしてくれるだけの自然の恵みがあるという実感を持つことで、お金しか頼るもののなかった人びとの不安はいつのまにかぐっと軽くなっている。里山資本主義の実践は、人類が何万年も培ってきた身の回りの自然を活かす方法を、受け継ぐということなのだ。
里山資本主義の向こう側に広がる、実は大昔からあった金銭換算できない世界。そんな世界があることを知り、できればそこと触れ合いを深めていくことが、金銭換算できない本当の自分を得る入り口ではないだろうか。
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今は時代の大転換期の真っただ中で、そう遠くない将来に、ありとあらゆる価値観ががらりと変り、今まで当たり前であったことが当たり前でなくなる世界がやってくると思っていて、そんな世界の中ではお金というものの価値観も今とはがらりと変わると思っています(お金というものが必要のない世界になる?)。
時代の移行期である今、僕らに必要なことは、、「古い価値観を手放していくこと」。具体的にはどういうことかと言うと、だいぶ以前にもこのブログでもご紹介させてもらった本『もっとあの世に聞いた、この世の仕組み-雲黒斎(サンマーク出版)』の中に書いてある、「義務」「犠牲」「我慢」の3Gから「LOVE(愛)」「THANKS(感謝)」「ENJOY(楽しむ・味わう)」のLTEの価値観へと個人個人がシフトしていくこと。
それから実際の生活をより自然に則したものに変えていくことだと思っていて(人間誰しも、土と離れて生きていくことはできません…)、そのために僕自身2008年頃から言ってます「農ライフ」や、塩見直紀さんの提唱されてる「半農半X」、そして上記の「里山資本主義」、、これらの実践が、時代の移行期である今、よりスムーズにソフトランディングし次の時代へと行くために、まさに必要なことなのではないかと思っています。

こちら現在、僕らの毎日のごはんの調理にフル回転中のロケットストーブ。名前は「ロケ太」。ローマ字表記が間違って「ROCETA」になってます(笑)。
千葉県鴨川在住の頃から合わせてロケットストーブ愛用暦2年ぐらいですが、今までは薪の焚き口をL字になってる箇所の上部だけを使ってたんです(下のほうは着火用の口で、薪に火がついたらここに蓋をしてました)。
ところが最近、蓋を閉めず今まで着火用の口にしてた下のほうを薪の焚き口にして使ってみると、薪が横向きになって燃えるので、めっちゃ火力が強くなり、燃焼効率も上がり、お湯などもすぐに沸くようになりました。2年間使ってて、しらなかった。。ロケットストーブ、、奥が深い。。
これからは、ロケットストーブ式でパンやピザを焼けるような石釜を作れないものかと現在、頭を悩ませています。DIYや、もの作りは楽しいですね^^
お店の改修作業もなんとか、ぎりぎり間に合いました。ド素人丸出しながらも古民家を自分たちの手で改修しお店開店の状態にまでなんとか持ってきましたが、いや~、なんとかなるもんですね(笑)
(とりあえず、お客様にここはお店なんだと思ってもらえる最低ラインに達しただけで、これからも理想のお店を目指しての改修作業は続きますが)




時々たま~に、「よくこんな所でお店をやろうと思いましたね」とか「ここでお店を開くのは相当勇気がいったでしょう?」などと、人から言われることがあります。
が、僕ら二人ともここでお店をやろうとした際に、まったく勇気というものを出してないし(笑)、ごくごく自然な流れでこういうことになったんです。
お店をやるにあたって『お金を儲ける、稼ぐ』ということが第一の目的ではないので、前回のブログ記事にも少し書いたように、まずは自分たちの生活(田んぼや畑をやったり、薪を割ったり、薪でご飯をつくったり…)を丁寧にやっていくことが一番大事なことなので、それよりも、ここ熊野や須野や、僕らがやってることに興味があるという方々に、お店があるということを口実に?熊野や須野や自分たちの暮らしぶりなどを実際に見に来て頂くことが、うれしいんです。
とは言え、今の資本主義社会の中で生きていくためには、税金や国民健康保険やガソリン代や…、お金というものがある程度は必ず必要です。それで、僕らの毎月の生活に最低限必要なお金はいくらなのか?を算出しました。
現在お風呂や調理は薪の火でやっているのでガスを引いてないですし、水は山水なので無料ですし、電気だけは現在、中部電力さんと契約してますが(電気もゆくゆくはオフグリッド式に自給をしていきたいです。こちらのお宅のように→http://ameblo.jp/green-note-page/entry-11927784609.html)、あと携帯電話は須野町自体に電波が届いてないので(汗)、先日解約をしました。
そのように、生きていくことに必ずしも必要でなさそうなものをどんどん削っていって(必要経費の断捨離)、毎月の生活に最低限必要なお金はいったいいくらなのか?を算出したら、いわゆる世間一般での毎月の平均的支出額と比べると、かな~り低い額で生活していけることが分かり、そうするとお金のために働く時間を生活のための時間(田んぼや畑、薪拾い&薪割り、料理、保存食づくり、DIY、もの作り…)に割り当てることができます。田舎や限界集落ではこのように支出を抑え、お金のために働く時間を少なくすることができると思います。
以前にも何度かご紹介させてもらった「里山資本主義」の本の中で、個人的にとても共感している箇所を再度、以下に抜粋させてもらいますが、、、
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マネー資本主義に染まり切ってしまった人の中には、自分の存在価値は稼いだ金銭の額で決まると思い込んでいる人がいる。それどころか、他人の価値までをも、その人の稼ぎで判断したりする。違う、お金は他の何かを買うための手段であって、持ち手の価値を計るものさしではない。必要な物を買って所持金を減らしても、それで人の価値が下がったわけではないし、何もせずに節約を重ねてお金を貯めこんでも、それだけで誰かがあなたのことを「かけがえのない人だ」とは言ってはくれない。そう、人は誰かに「あなたはかけがえのない人だ」と言ってもらいたいだけなのだ。何を持っていなくても、何に勝っていなくても、「何かと交換することはできない、比べることもできない、あなただけの価値を持ってる人なのだ」と誰かに認めてもらいたいだけなのだ。さらにいえば、何かの理由でお金が通用しなくなったとしても、何かお金以外のものに守られながら、きちんと生きていくことができる人間でありたかったはずなのだ。
そうであれば、持つべきものはお金ではなく、第一に人との絆だ。人としてのかけがえのなさを本当に認めてくれるのは、あなたからお金を受け取った人ではなく、あなたと心でつながった人だけだからだ。それは家族だけなのか。では家族がいなかったら、家族に見放されたらどうするのか。そうではない。人であれば、誰でも人とつながれる。里山資本主義の実践者は、そのことを実感している。
持つべきものの第二は、自然とのつながりだ。失ったつながりを取り戻すことだ。自分の身の回りに自分を生かしてくれるだけの自然の恵みがあるという実感を持つことで、お金しか頼るもののなかった人びとの不安はいつのまにかぐっと軽くなっている。里山資本主義の実践は、人類が何万年も培ってきた身の回りの自然を活かす方法を、受け継ぐということなのだ。
里山資本主義の向こう側に広がる、実は大昔からあった金銭換算できない世界。そんな世界があることを知り、できればそこと触れ合いを深めていくことが、金銭換算できない本当の自分を得る入り口ではないだろうか。
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今は時代の大転換期の真っただ中で、そう遠くない将来に、ありとあらゆる価値観ががらりと変り、今まで当たり前であったことが当たり前でなくなる世界がやってくると思っていて、そんな世界の中ではお金というものの価値観も今とはがらりと変わると思っています(お金というものが必要のない世界になる?)。
時代の移行期である今、僕らに必要なことは、、「古い価値観を手放していくこと」。具体的にはどういうことかと言うと、だいぶ以前にもこのブログでもご紹介させてもらった本『もっとあの世に聞いた、この世の仕組み-雲黒斎(サンマーク出版)』の中に書いてある、「義務」「犠牲」「我慢」の3Gから「LOVE(愛)」「THANKS(感謝)」「ENJOY(楽しむ・味わう)」のLTEの価値観へと個人個人がシフトしていくこと。
それから実際の生活をより自然に則したものに変えていくことだと思っていて(人間誰しも、土と離れて生きていくことはできません…)、そのために僕自身2008年頃から言ってます「農ライフ」や、塩見直紀さんの提唱されてる「半農半X」、そして上記の「里山資本主義」、、これらの実践が、時代の移行期である今、よりスムーズにソフトランディングし次の時代へと行くために、まさに必要なことなのではないかと思っています。

こちら現在、僕らの毎日のごはんの調理にフル回転中のロケットストーブ。名前は「ロケ太」。ローマ字表記が間違って「ROCETA」になってます(笑)。
千葉県鴨川在住の頃から合わせてロケットストーブ愛用暦2年ぐらいですが、今までは薪の焚き口をL字になってる箇所の上部だけを使ってたんです(下のほうは着火用の口で、薪に火がついたらここに蓋をしてました)。
ところが最近、蓋を閉めず今まで着火用の口にしてた下のほうを薪の焚き口にして使ってみると、薪が横向きになって燃えるので、めっちゃ火力が強くなり、燃焼効率も上がり、お湯などもすぐに沸くようになりました。2年間使ってて、しらなかった。。ロケットストーブ、、奥が深い。。
これからは、ロケットストーブ式でパンやピザを焼けるような石釜を作れないものかと現在、頭を悩ませています。DIYや、もの作りは楽しいですね^^