昨日のつづきで…

父親の広報紙の話で
僕の中に一つ気づきがあったんですが、それは

今までは雑誌というものを発行して
鼻息荒く肩肘張って
広く世の中に「農ライフ」というものを
うまく奇麗にかっこよく伝えるんだ!という
独りよがりな驕り(?)みたいなものが
自分の中にあったことに気づきまして、

そうではなくて、
もっと力を抜いて
伝える方法は稚拙で泥臭くてもいいから
身近にいる両隣の人に思いを伝える
手紙のようなもの。

そんな位置付けに変わったんです。

そう思えたらなんだか
余分な肩の力が少し抜けてきました。