先日、実写映画「ルックバック」を見てきました。
友人と見てきました。
二人ともポップコーンは買わない派で一致、われら盟友なり(友人のセリフ)。
ポッポコーンを買うならキャラメル派であり、
ポップコーンがあると手がベタベタして映画に集中できないからである。
後、パンフレットが汚れるのを防ぐためでもあり、われら盟友なり(真似)。
映画視聴後。
友人は漫画を製作したりはしない人間だったので、
「いや~、何かに掛ける情熱っていいでござるね~」
と言っていました。
「我らも何かしらの意見の互いで遠距離になるかもしれませぬが、われらはオカルトでつながっている故、何も心配ござらんな!」
とも言っていた。今でもすでに遠距離ですけどね、大学遠いくせに。
おい、手で三角形を作るのはフリーメイソンですよ。
それをオカルトというのはいささか陰謀論です。
「失敬失敬、オカルトを現すポーズが見当たりませんのでな」
その時は宇宙人の真似でもしたらいいんじゃないですか?
「」
……変顔は宇宙人ではありませんよ。
そういえば、我々は宇宙人というアニメ映画があるみたいですね。
今度友人と見に行きたいと思います。時間が合えばですが。
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〈実写映画ルックバック感想〉
物語が上手い藤野と、背景画が上手い京本。
目指す方向が違う為に離れてしまった二人。
私はそれでも、お互い夢がかなうならいいのでは、と思ってしまった。
漫画版ならそうは思わなかったけれど、実写版の藤野は夢をかなえて幸せそうだった。
ニュアンスと描かれていない空白が作る空想、そこを補完した結果、
実写版は夢がかなっている分ハッピーエンドなのでは、と思ってしまった。
漫画版では、京本がいなかったら漫画を描いていても幸せじゃない、ような迫真に迫る感情があったので、ビターエンドだったけれど、
実写版ではその迫真さはなく、
藤野は漫画家になって、仕事仲間にも編集にも恵まれて、京本がいなくても幸せそうだった。
それがなんだか悔しいなあと思った。
漫画版は、京本と漫画を描くために漫画を描いていた気がした。
実写版は、漫画家という夢を叶えるために漫画を描いていたような気がしたからだ。
だから、その差がとてつもなく悲しくて悔しいと思った。
秋田県の美しい風景や、藤野と京本の子供時代は良かった。
眩しいくらいに美しく描かれる風景と日常は、さすが是枝監督だと感じた。
自然な流れで表現される人物描写も良かった。
ただ、藤野の大人時代の鬼気迫るヒリつき感が欲しかった気がした。
漫画で描かれた藤野の背中は、ただ淡々と今を生きていて、京本を待っている気がした。
欲かもしれないけれど、笑っていてもどこかで京本を待っているような雰囲気は欲しかったかなと感じた。
実際、現実にそんな激重感情を持って漫画を描く人物など少ないのかもしれない。
手塚治虫先生のように、誰にも彼にも嫉妬して漫画を描き続けるような、
激重感情の作家はあまり存在しないのかもしれない。
だけれども、作品というフィクションだからこそ、重い感情が見たかった。
監督の作風的に優しく美しい世界として描かれたのだろうことを私は理解します。
美しい風景と人物をありがとうございました。
―――
〈個人的な手記〉
思ったより集英社本部がきれいで驚いた。
私の記憶は実写版バクマンで止まっているため、驚いた。
令和だなあ、と思った。
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〈さよならパラレルワールド〉
私は漫画家を一時期目指していた時があった。
アイデアが沢山あった。それを表現できさえすれば漫画家になれると思っていた。
そして一作漫画を描いてみて、こりゃ難しいと理解した高校生時代。
無知の知から漫画に関する事を調べ、漫画家志望スレッドのまとめ動画や、漫画添削動画などたくさん見た。
参考資料になりそうな本も集めたし、人体デッサンで絵も練習した。
クロッキーだって、高校生時代でたくさん書いた。
図書館で持ち帰り可能なリサイクルされている自然の本を見つけてはせっせと背景資料として持って帰ったし、 図書館で創作論や物語の参考になりそうな本だって読んだ。
お小遣いが足りなかったからインクやペンや原稿用紙は買えなかったけれど、
ネームを書いて物語を鍛えていった。
だけれども、ふと思った。
私はなぜ、漫画家になりたいのだろうかと。
本当に漫画家になりたいのか、と。
絵を描き始めたのは子供のころから。お金がかからない遊びだったからだと思う。
小学生の中学年までゲームやテレビはなく、
本や漫画、公園で遊んだりと、お金がかからない遊びをしていたと思う。
走り回るのが好きで、外遊びがそのころ好きだった。
絵はそれほど重要な存在ではなかった。
絵が重要になり始めたのは中学生辺り、自分に好きなキャラクターができた頃だった。
そのキャラクターを上手く書きたいと思って、模写を繰り返していた。
そしてそのキャラが異性のキャラクターを好きなそぶりを見せた、いわゆる恋愛だ。
その恋愛が上手くいく想像をして、そこから物語が作られ始めた気がする。
そこから二転三転して一次創作として自分のオリジナルキャラクターで物語を考えていた時期があった。ほとんどは悲劇からの救済の話だった。
物語は小学生のころから少しだけ書いていたような気がするけれど、
中学生になってから物語を作る機会は増えたと思う。
(小学生中学生の頃は大体悲劇の物語だったけれど、
高校生になってから救済の話を掛けるようになった)
ちゃんとした物語ではなく、頭の中の妄想上での物語だった。
文字を書いてもちゃんとした物語にはならなかったので、小説の書き方の本を読んだ。
難しいと思ったので、物語を書くなら漫画かな、と考えていた。
別に今は小説でも書けないことはない。
漫画家になりたいと思ったきかっけは、五十嵐大介先生の「海獣の子供」だった。
高校生時代、これが分岐点だった。
アニメ映画を見て、とても美しい作品だと思い、本屋を探し回ってやっとの思いで見つけ出し、お小遣いで漫画を読んだ。
とても美しいと思った。
自然が生き生きと描かれていて、新鮮さと海の水の感触が伝わってくるようだった。
私は、絵とは美しさを書き残すために存在していると思っていた。
五十嵐大介先生の絵は理想の中の理想、写実的でありながらも記憶そのものを絵で表現できる漫画家だと思った。
私はそこから上記の方法で漫画を描く練習をし始めた。
そして今の問い。
「私は本当に漫画家になりたかったのか?」
私は、将来の夢を決めてはいなかった。美大に行こうにも、私はあまり油絵を描いたことはない。デッサンもしたいと思っているけれど、自主的にデッサンをする気にはならなかった。
そんなだから美大を進路にすることに疑問があった。
本気で絵を描きたいと私は思っていないのだと。
高校で初めて絵を描いている先生に出会った。
小学校でも中学校でも先生はいたが、絵を描いている場面は見たことがなかったため、芸術家という認識ではなかった。
初めて、目の前で絵を描いている人物に出会った。
絵を描いていて、自分より技術が高い。
これが本当の芸術家かと思ったけれど、
私が思っていたような熱意は感じなかった。
手塚治虫先生のように狂気で絵を描いているのではなく、
「絵が描ければいいや」
といったように、日々をのらりくらりと過ごしている印象がした。
申し訳ないが、美大に夢を見なくなったのもこのころかなと思った。
美大に行っても何も得られないような気がしたのだった。
別の夢はあった、水産業など、海の研究だった。海獣の子供に感化された結果だ。
目に見えない繋がりを海でなら感じられると思っていたのかもしれない。
だけれども、海の仕事も何となく腑に落ちなかった。
勉強してまで海を研究したいとは思わなかった。調べなくてもすべてが理解できる気がした。
なので海の道に進むことも気が乗らなかった。
私は夢を見続けていたいだけだったのだ。
五十嵐大介先生のような神秘的な物語の夢、言葉では現せられない夢。
人々の情熱と物語が渦巻く世界。
ドラマチックな世界。
私は物語の登場人物になりたかったのだと気が付いた。
物語の登場人物に名なれない、だからこそ、物語を書く側になるのだと。
そうでないと、現実は全く面白くないからだと気が付いた。
激重感情のライバルがいて互いに競い合う、
余命数か月の親友の意思を継ぐ。
遠く離れた誰かと再び再開する。
現実にはあまりない場面だ。
そして、私にはそんなような感情はない。
現実を少しでも面白く感じるために想像をするが、飽きたらその事を忘れる。
感情の最大瞬間風速が現れて消える事を繰り返している。
たとえ話が続いていても、私はまた別の物語を考え始める。
飽きて、別の物事にのめり込んで、また飽きる。
それを繰り返している。
現実がドラマチックではないからだ。
面白くない現実、死んでもいいと思った。
今が幸せだからこう言っているのではない。
私はこの人生というよりも、この世界のハッピーエンドを見届けたい。
それなのに、世界は戦争を止めないし、陰謀が渦巻いている。
ハッピーエンドに向かって一向に物語が進まない世界に飽きたのだった。
何か働きかけて、世界が変わったか?
平和に向かって、展開は進んだか?
戦争は終わらないし、核は手放されない。貧困格差や社会問題は続いている。
私は気が付いた。
この世界を平和にする、それが一番面白い物語だと。
私が漫画家になって平和な物語を書いてもそれは二次元上での話だ。
世界が平和な方へ変わるとは言い難い。
私は漫画家になりたかったんじゃない。
平和に向かって展開の進まない世界を変えたかったのだ。
そうでないとこの世界は面白いと感じないからだ。
私は、実写版ルックバックには感謝してもしきれない。
なぜなら、漫画家の幸せな一生を見せてもらったからだ。
実写版ルックバックがあることによって、私は漫画家を目指さなくても良くなった。
私が本来見たかった激重感情は見られなかったが、
自然な漫画家のリアルな人生を見ることが出来た。
小さな漫画家の誕生から、友達との別れから、忙しくとも幸せな漫画家生活。
私が体験したかったリアルな漫画家の人生が描かれていた。
パンフレットを握りしめて帰った。
ここに、私のなりたかった漫画家の一生が描いてある。
私はもう、漫画家にならなくても良いのだと悟った。
参考資料を集めなくてもいいし、
クロッキーだってもうしなくてもいい。(暇なときにするけれど)
参考になりそうな漫画を取り寄せて読んだり、
映画や本に時間を使わなくてもいい。
図書館からリサイクル本をわざわざ資料として持って帰らなくてもいい。
漫画は趣味でたまに書くだけでいい。
つらい。
これで自由になることがつらい。
美大には行きたかった。だけど、お金をかけてまで行く場所じゃないと思った。
私は絵にそんなに本気ではない。
素晴らしい画家や芸術家、創作家にあこがれていた。
ピカソ、モネ、ダリ、本気で作って遺した先人たち。
超えたいと思った。
超えられたら面白い人生になりそうだと思った。
面白い人生になるのなら生きている意味はあると思った。
高校の時、何もかもが本気の大人に出会っていたのなら世界は変わっていたかもしれない。
本気で何かをしている大人は楽しそうだから。
本気で何かをしている姿が楽しそうだからついていきたいと私は思っただろう。
だけれども、少なくともなぜか、私は絵ではないと思った。
超えられたら面白そうだけれど、超える努力を楽しいと思うほど、私は絵のことが好きではなかったのだ。
結局、「絵は趣味で良い」に落ち着いて、あの時の熱は何だったのだと思う。
私は、物語で世界一になりたい。
多分そうなのだ。
全人類がのめり込み、最後は全員幸せでエンドロールが進む物語。
私は物語で世界一になる手段として、絵が必要なだけだったのだ。
ああ、杞憂。
―――
私はこのことを忘れないためにここに書き残しておく。
友人がこの記事を見ていてもどうか落ち込まないでほしい。
私の理想の物語があまりにも難しいから死にたくなるのだ。
友人といるときは楽しいけれど、物語の比ではない。
もし、私の物語の登場人物になってくれるのなら、一緒にハッピーエンドにすることを手伝ってほしい。嫌ならただの友人でいてほしい。
私は世界一のハッピーエンド製作者になる、そう決めたのだ。
誰もなったことがないから、超えることは簡単だ。
超えられる、その先は多分面白そうだと思うからなりたいのだ。
世界を平和にするためなら、努力は楽しいはずだ。
私の物語の、登場人物になってくれるかい?
終わり。