今日、久々にちょっとだけ遠くにある健康ランドへ行ってきた。

昨夜、というか明け方までPCをいじっていて、さすがにもう寝なきゃと布団に入った。
起きると10時で、いつも観ている番組もすでに終わっており、とりあえず少し遅い朝ご飯を食べ、風呂に入ろうとした。

風呂を見るとなんと、残り湯が抜かれていた。

なんかもやもやして、どうしても風呂に浸かりたくなり、日帰り温泉でも行ってみようと思い立ち支度を始めた。

ここ数年は最寄りのこじんまりとした日帰り温泉を利用することが多かったが、先日二十年来の友人と電話で話した時「あの頃、みんなであそこへよく行ったよなぁ」、という話をしたのを思い出し、ちょっとだけ遠いその健康ランドへ行ってみようかな、そう思い足を延ばしてみることにした。

最寄りへは5分程度、こちらには30分程度、そんな些細な差ではあるものの、あの時あいつのオンボロ軽自動車で流行っていたアムロやヒッキー、グレイなんかを聞きながら、仲間とわいわい夜のバイパス走っていたっけな、とノスタルジックな思い出を頭に描きながら車を走らせていた。

その施設は当時のまま、出迎えてくれた。
スムーズに駐車場に車を停めて、その建物へ入館する。

受付でスマホアプリの会員証を見せると、久々すぎて期限が切れていた。
そこでアプリを更新して、無事受付を済ます。
他のお客に迷惑かな?と思い振り返ってみたが、平日昼前の受付はそんなこともなくホッと胸をなでおろす。

更衣室のロッカーも混雑時と違い、余裕のあるスペースが確保され、自分の次に来た客も少し離れたロッカーだった。

その客がぶつくさ言いながら着替えていた。その向こうの客も同じだった。
でも会話しているわけではなく、独り言を別々に言っていた。
なんだかなぁ、と自分も独り言を言っていてなんか変な気分だった。

向こうのロッカーの列に、一人のおじさんがやってきた。
服装は若者の着ているようなパーカーにジーンズ、といった出で立ちだった。だけど自分のロッカーに着くと、よっこいしょ、ふぅ、やれやれ、とやはり独り言を言いながら着替えを始めた。せっかくその恰好をしているのに、よっこいしょ、か。
特にそれ以上思うことはないが、ただなんとなくそう思った。

浴室へ入り、シャワーを浴びる。
そしてふと全体を俯瞰してみると、そこはあの頃のままだった。

この施設は最寄りのそれとは違い、宿泊することも可能でやや割高な価格設定であることも足が遠ざかっていた原因のひとつでもある。

入浴施設はやはり、広い。
プールのような風呂から、各種サウナ、ジャグジー風呂も多数ある。

人気どころは避けて、やや隅にある海が見える窓付きの寝湯タイプジャグジーに腰を下ろす。そういや、あの頃みんなでここに並んで寝て、くだらないこと話していたっけ。

混み具合もちょうどいい感じ。
誰かと隣り合わせになることもなく、ちょうどよい距離感も取れている。
混雑時には行きたくない。
だったら、家の風呂を沸かし直して入っている。
お湯に浸かりながら平日昼間の温泉はいいな、と思っていた。

少し経ち、だいぶ身体も温まったので、外の風呂場へ移動する。

雲一つない青空が見えた。

この時季ならではの空気が澄んだ空色。
碧色の水平線との境は、少し薄くてそこから上へ行くほど濃い水色。
そんな空のグラデーション。

それを見ながら、壺のような一人用の露天風呂へ入る。
五つ並んでる壺の一番外側、そこに飛び込むとお湯がジャブンと溢れ、なんだかそれが気持ちいい。家じゃできないちょっとした贅沢、そんな感じだ。

身体が温まると壺の淵に座り半身浴、壺にお湯が溜まるとまたジャブン。
壺の中を出たり入ったりして、タコってこんな気分?とか妄想をしながら、海と空を見ながら出たり、入ったりの「タコゲーム」みたいなものを繰り返す。



 

いい気分でそんなことをしていると、やはり現れる。
「空いているのに隣に来るおじさん」、通称「トナラー」登場。

そこ以外にも三つ選択肢はあるのにも関わらず、ここ、なんだ。
何でわざわざこの状況で、赤の他人のすぐ隣がいいのか、わからない。
わからないけど仕方ない。来ちゃったから。
来ちゃったんだもん。仕方ない。

タコゲームはこのくらいにして、他の風呂でも浸かろうかと思った矢先、
トナラーが先に壺を出て内風呂へ戻って行った。

その時である。

外と中を仕切る扉の辺りで、

 

「ブベッ」

 

と音がした。

おいおい、ここでか。トイレは中へ入ればすぐそこにある。
もうちょい我慢はできなかったのか、トナラーさんよ。

聞かなかった。そう、聞かなかったことにするんだ、俺は。
それでいいじゃないか。いや、それがいい。

そう自分に言い聞かせながら空を見て、またタコゲームを再開した。

次に若者が一番離れた壺に飛び込む。
君はわかってるね。そう、わかってる。
それでいいじゃん。隣同士である必要、ないもんね。

彼にとってはお湯が熱すぎるのか、ゆでだこになった若者もすぐ壺を出て内風呂の方へ向うと、扉のところでまたあの音がした。

「ブベッ」

君も、なのか。
話してもいないが、わかり合った気持になっていた俺が浅はかだった。
すまない、勝手に何かを押し付けていた。所詮、俺は俺、君は君。そうだよね。

何かを判った気になって、壺を出る。
内風呂へ戻ろうと、扉の取っ手に手をかけて引く。

「ブベッ」

へ?
そう、それは扉の淵のクッションが水分を含んで離れる際に鳴る音だった。

へ、へぇ。
そんなことが……あるんだねぇ。
無駄に余計なことを考え過ぎる自分が、ちょっとだけ嫌いに思えた。

でもそんなところもまた、俺なんだよなぁと納得したそんな平日昼間の出来事だった。