ご無沙汰しています。

さぼりまくっていましたが、


帰国が決まりました。(/TДT)/


↑喜びの舞じゃありません、悲しみの舞です。


う~む2年しか持ちませんでした。


中国で好きなように仕事して、会社の利益に

ものすごーく(多分)貢献したはずなのに。


人が少ないので、また転勤になりました。



中国ではなくなるから、ブログもやめるかな~なんて、

漠然と考えていました。


( ̄□ ̄;)!!

タイトル「転勤徒然日記」!

辞めるとか関係ないじゃん


もう少し中国生活が続きます。

その後は関東圏に行きます。


まったく異なるジャンルの仕事になっちまいました。

仕事に慣れないことには、

更新もままならないでしょう。


中国編は最後になるかもしれません。

更新するかもしれません。

気分しだいなのはご了承ください。


前回からあいてしまいましたが、続きです。


前日は、霧のために大連に到着せずに、瀋陽についてしまい。
フライトのめどが立たず、ホテルに軟禁状態の翌日です。


さて、私の会社AM7:15から始業のため、いつも6:30には起きます。
なんとなく同じペースで準備をしていると朝食で従業員が起こしに来ました。

昨夜の夕食もですが、日本人はまあ我慢できるレベル、
欧米人のジョンとピエールには耐え難いようで、顔すら出しませんでした。

(ジョン=たぶんアメリカ人、ピエール=なんとなくフランス系)


全員空港に移動するようです。
ジョンとピエールは北京に行き先を変更したのを携帯電話を盗み聞きしました。

本当は私は、瀋陽-大連便の復旧を待つつもりでしたが、
大連の上司は、

「回復の見込みないから、バスがいいよ」

・・・( ̄_ ̄ i)

とつれないお言葉。
「か、簡単にいうな~。」と心の叫びを上げながら、バスで空港へ向かいます。


預かりの荷物を受け取り、途方にくれていましたが、
手ごろな集団を見つけて、「一緒にいっていい?」と
片言の中国語と英語(ちょっとはわかるらしい。)で懇願すると快諾してくれました。
グッジョブ俺!( ̄ー☆



さあ、瀋陽ともお別れだ。


とここでもジョンが話しかけてきます。
「いまどういう状態なんだ?俺はどうしたらいい?」
細かく答えるには英語のレベルが足りませんので、
「私は中国人たちと、バスで大連にいくよ。」と答えると
ため息混じりのジョン。
お別れの言葉を交わしました。ごめんよ、ジョン、ボンボヤージュ、ピエール。

彼らは無事北京にいけるのでしょうか?知るすべもありませんが・・・


ってことで、4人の中国人と瀋陽の中心あたりにあるバスターミナルに移動。
出発まで1時間の待ち、お茶しました。
冷静に考えると、なんで俺はこの見知らぬ中国人と会話もできないのに、
お茶してるんだろう・・・。


話を聞くと、大連の開発区で仕事をしている、4人は赤の他人、
仕事仲間でもないのかよ。中国ではよくあるんだろうな。

1人は、20代のおねーちゃん里帰りでもしてたのかな?
もう一人は、これも20代かもしくは30代前半かな頭のよさそうなにーちゃん。
もう一人は、中国の会社とかで部長とかやってそうな、すべての行動が、
これ中国人な感じのおじさん。
最後は、日本語がほんの少し喋れる(あとでわかった。)ちょっと恰幅のいい、
おじちゃんです。

この二人のおじちゃんは面倒見がいいのか、なにくれとなく世話をやいてくれました。
マントウを買ってくれたり、タバコをくれたりと。
いい人たちです。


瀋陽から大連までのバスは、100元、日本のリムジンバスとかわらないくらいの、
乗り心地、4時間の旅を満喫しました。(ちなみに烟台-青島間はタクシーで3時間)
一回サービスエリアで休憩後、大連に向けて出発。


大連に入ると、霧、霧、霧。
うーんこれは今日も飛行機飛んでなかったな。
どうも今週一週間は非常に天候が不安定だったみたいで、欠航、空港閉鎖が相次いだようです。

バスが見慣れた大連の町並みに入ると、なんだか安堵感を覚えました。


到着は大連の中心地(?)「勝利広場」です。
ここまでくれば、もう大丈夫です。中国語しゃべれないけど、
伊達に2年のうちで、十数回も出張してません。
会社まではよゆーです。

荷物を取って、
にいちゃんと、ねーちゃんはいつの間にか消えていましたが、

おっちゃん二人とあつい握手を交わして、お礼を言って別れました。
う~ん、ちょっと感慨深かったです。


到着できたし、結果オーライなんですが、
よく考えるとなぜ霧ごときで着陸できんのだ!?
管制の指示もあるし、レーダーもあるんだからと思いましたが、
飛行機が小さすぎるのだそうです。
なるほどね。


中国の交通事情はまだまだですね。

会社につくと、誰と話しても「いい経験できましたね~。」と笑いを堪えてる。( ̄∩ ̄#


よく考えてください。今回は飛行機がらみだったので、中国といえども英語がなんとか通じます。

日本人は高校レベルまでの英語教育されているから、なんとかなりますが。


中国って基本的に中国語は当たり前としても、あとは韓国語くらい。

コミュニケーションが全く取れない不安たるや・・・。

とにかく大変でしたが、事なきをえました。


7月初旬のとある月曜日から大連出張がありました。


さて冒険紀としましたが、簡単には到着できなかったという、
お話です。


14:15発の飛行機に搭乗し、
爆睡して目が覚めると16:00過ぎている・・・あれ?∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
2時間も飛んでる・・・乗り過ごしたか(電車かよ!!)



たまたま窓際に座っていたの地上をみると、
飛行場が見える、うん、うん、とりあえず到着か。


あれ?飛行場・・・ちっちゃくね?
あきらかに大連の空港ではありません。


無事着陸して空港のターミナルに目を向けると、
「瀋陽」の文字がありました。


搭乗口に集められ、みなさん対応に大変そうです。

私も会社の中国人従業員と連絡して、
空港職員と話してもらったところ、
大連の空港が霧で着陸できないので、瀋陽におりた(降りるなよ)。

飛べるようになるかわからないとのこと。

通訳してくれた会社の中国人曰く
航空会社が用意したホテルで待機するか、
別ルート(バスか汽車)でいくか、
天候がよくなるのを待つか
「どれがいいですか?」

いや、「どれがいいですかじゃねーよ」( ̄∩ ̄#



まだ1年しか駐在していなくて、飛行機は一人で乗れるけど、
経験してなければ、バスとか汽車なんか乗れるもんじゃありません。
うちの従業員も日本語喋れるとはいえ、細かいニュアンスは理解できません。
かなりストレスたまります。



結局気がつくと、ホテルに向かうことに。
二人欧米人がまざって大変不安そう。そりゃそうでしょ、言葉も通じなければ、
通訳できる人間のつてもいなさそう。


「英語しゃべれるか?」聞いてきますが、
高校レベルの片言の私に聞かないでください。(^▽^;)

つたない言葉で中国語⇒日本語(脳内)⇒英語というなんとも
重労働に近い通訳をして、伝えて納得していただきました。
脳内が完全に中国語モードになっていたので(といっても喋れませんが)、
私⇒我(Wo)、我、我・・・英語でなんだっけ?I、My、Meを完全に忘れています。


ホテルに着くと、宿泊です。
こういったケースでは、二人一部屋それも見知らぬ中国人と一緒です。
いい経験なんでしょうが、お断りしました。プラス100元で一人部屋に。

欧米人も一人部屋希望、が通じません。
ここでも中国語⇒日本語(脳内)⇒英語の翻訳をしました。
ところで、一人はアメリカ人(っぽい)、もう一人はフランス系ヨーロッパの香りがします。
アメリカ人をジョンとしましょう、フランス人っぽいのをピエールとしておきましょう。


ジョンの方は積極的に私に話しかけてきます、ピエールは、誰とも話すことなく、
不満げな&不安げなオーラだけを出しています。

16時くらいになって、食事を取り、この時点で移動はあきらめました。
明日もどうなることやら。

先行きがかなり怪しいというかこの不運でかなりブルーです。(T▽T;)



2日目につづく。