昨夜から雨、雷と大雨が降りました
昨日は書かなくてもいいような事まで
書いてしまったような、、![]()
読んでくださって、気分が下がってしまった方がいたら
すみません。。
あの頃は自分が疲れて、怒ったり、
自分の波動が下がりまくってたので、
そういった現実になってたんだろうな。。と思います。
愛の視点で見る余裕がなく、不安や恐れから
心配ばかりしてました![]()
でも、そんな自分も許して、私なりにがんばったね、、!と思っていいですよね。
そして6月末、迷いながらも両親を施設に預けて🤲
日々の生活が戻ってきました
✨
前回のさいご、、「その後が地獄でした、、」は大袈裟ですが、
短めに書かせてください。。
そのあとリハビリ目的で転院した病院で、弟がどうしても我慢できなかったようで
だまって院内の売店にいってしまい、キャラメルを、、ポケットに入れてしまって
(ここまで書いて良いか。。弟、ごめんね)
穏便にすませていただきましたが、普通病棟から精神科病棟に移ることに
なってしまいました。
中は広いし、普通病棟と変わらない、、というような話だったと思いますが
私も気が動転してたので、ただ謝ってその通りにするしかありませんでした。
ただやはり行ってみると、病棟の重いドアに鍵がかかり、携帯を持たせてもらえない決まりなので、弟と連絡がなかなかとれず、どう過ごしているのかとても不安でした。
私自身がその状況になったら、、と想像してしまい、精神的にキツかったです![]()
その間、母の誕生日祝いを理由に1日だけ外出許可をもらって
実家に帰り、お祝いできたのは良かったです![]()
弟がとりあえず元気そうで、とてもほっとしました。
(ただ、その日、見ていない隙に一人で二階に上がって、タバコ吸おうとしていて、、、!
止めたからよかったけど、、、とにかく逃げ足が速いんです
)
そんな色々ありつつ。。。
その状況になってハタと、弟自身そのままを受け入れていなかった事に気がつきました。
私がなんとかしなくちゃ、、と思ってたけど、(やらなきゃいけない部分もあるけど)
でも、弟は弟で、ありのままでいいんですよね。。。![]()
そう思ったら、だいぶ楽になった気がします。
私もできないことは「できない」と言って、無理をせず、自分の気持ちを一番に
していたらいいんですよね。。
そう、人のせいにしていたけれど、全部自分なんですね〜。。
ただその病棟で、未だに不満なのは、足の処置です。。
もう少し早く医大に受診させてくれてたら、、ということ。
その間一ヶ月、整形外科や代謝内科の先生の受診がなかったこと、手術が決まった後に知りました。
もう過ぎてしまった事だけど、足の切断に至ってしまったことは残念すぎます。。
うーーん、、もう過去は過去、ではあるので区切りをつけなきゃなのかなぁ、、![]()
なので、どうしてもその病院に戻ることだけは避けたいと思いました。
左足までなくしてしまったら、大変ですから。。
そんな、今思えばダークな日々もありつつ、6/28に無事また医大に戻ってこれて
30日に右足膝下切断手術。。整形外科の先生がとても信頼できる感じの先生で
一気に世界が明るくなった気がして、無事手術も終わったのでした。
そうして傷跡も回復してきて、さて、今後の義足やリハビリ計画の打合せで病院に
伺ったのですが、まさかもうやってないと思ってたら、
また弟が脱走してしまったとのことで、、
そのため次の受け入れ先がない、と言われてしまったんです。
そりゃそうですよね、、
そんな態度で義足のリハビリ続けられるの?と心配になったわけなのですが、
弟も長い入院生活でかなりストレスが溜まっているらしい、とのこと。
みなさんで弟の言い分を聞いてくださり、お菓子は駄目だけれど、朝食の納豆と海苔は
出してもらえることになり(ずっとメニューにはあるのに自分にでないの気にしてたようです。。)
ひとまずそれで納得したようでした。
あとは何度も常に言い聞かせる作戦です。。。
今まで現実を上手く話せてなかったけど、
病院にいられなくなったら命にかかわること、
長生きしてほしいし、したいよね?。。
伝え方が難しいですが色々言ってみています。
衝動を我慢できるよね、できたらえらい!。。。とか。。
今朝、ソーシャルワーカーさんから連絡あり、一件だけ受け入れてくれそうな
リハビリ病院が見つかったそうです
!(まだわからないけど朗報でした!)
なるべく心配をせずに
この世界は本当に自分の意識が作っている多層多重な世界、、を信じて
どうなったら幸せか、、望む方の未来に
意識を向けたいと思います。
みんなの笑顔が一番ですね。。。!
弟は弟で、きっと大丈夫!
義足もなんとか頑張れるはず。。
もしそうならなくても、とにかく幸せに過ごしていける方法がある。。と
信じてみようと思います。。![]()







