今日も晴れ☀️
外は意外と風もあって、
家の中より爽やかな感じです
昨夜は月が綺麗でした🌔
満月に近い丸でしたね。。。![]()
いやいや、、やっぱ
歩いてたら、暑い!!!
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弟のこと、書かせてください。
今、弟に義足をつけるのがいいのか(もちろん義足で歩けたら一番いいですが)
この先どのような生活を送るのが弟にとっていいのか、
時々考えているのですが整理がつかず。。。
自分のために書きますが、もしよかったら読んでやってください。
今だから笑いながら書ける、本音の声。。!?
こんなコメディーみたいな人生ドラマもあるんだね〜〜と笑いながら読んでもらえたら嬉しいです。
糖尿病、義足、CIDP(慢性炎症脱髄性多発神経炎)、発達障害、知能障害、、
について詳しい方がいらっしゃったら、教えていただけたら幸いです。
弟は1型糖尿病で、発症してから20年くらい経つのかなぁ。。
インスリン注射をして生活してましたが、今までも度々入院して、治療や栄養指導うけたり
注意されつつも、結局野菜はほとんど食べず、私ももういいや。。と諦めてました。。
3ヶ月に1回の定期検診の結果をきくと、良さそうな数字をいうので、
へぇ〜!母の介護がんばって自分の身体も好転してるのかしら、、なんて都合のいいように
解釈して呑気にしてました。
2015年に糖尿病性網膜症で目の手術をして、その頃から膝下が痺れて感覚がなくなっていて、その入院中、CIDPという難病の診断もうけていたのですが(私のメモから)
とくに治療するでもなく、装具をつけて歩いて、車の運転もしていて
スーパーの仕事も半日に減りましたが続けさせていただき、平穏に暮らしてました。
弟はずっと、両親と茨城の実家に同居していたのです。
経済的にも精神的にも、両親に守られてきたんだと思います。
仕事先ではおばちゃん達に可愛がられてる、、なんて母はよく言ってました。
母と弟はたまに喧嘩しながらも仲が良く、テレビ見ながら大声で喋って、弟の愚痴なんかにも
「どこだって同じなんだから、とにかく頑張って働くんだよ」と励まし、
入院するたび世話をし、なので家事は何もやってきませんでしたが
母介護になり私が通うようになってからは私が厳しくできることは自分で、と自分の食器の片付けや母にご飯だしたりするようになって、
いつも駅まで車で迎えに来てくれたり、自分の足が不自由ながら、母の介護も
ずいぶん頑張ってくれてました。
スーパーでの仕事も30年間勤めてて、荷出し(っていうんですかね?)や
棚に商品入れたりそういう仕事を、働くとなったら120%がんばっちゃうので、
何年かに一度は倒れて入院、、を繰り返していました。
足に負担かけない方がいいのに、「そうもいかないよ〜」と無理をして
朝も1時間も早く出勤、午後1時までの勤務で、朝はバナナ一本、昼も食べずに働いて
2時頃帰宅してコンビニのお握りやサンドイッチが定番だったので
良いわけないですよね、心配はしていたのですが、もう本人ルーティーンが決まっているようで。
でも帰りに家族に内緒で、キャラメルやチョコレートを食べていたようで、
ずーっと、「甘いものは食べないし、お茶しか飲まない」と言ってたので、すっかり信じてたら嘘でした。。。
それがわかったのは、入院してしばらく経った頃、看護師さんから
売店でお菓子を買ってきてしまった、と聞いた時でした。
「え!弟が。。。??」もう目が点でした。。
今回の入院、始まりは昨年末のことでした。
12月の頭に足の指が血だらけになっていて、なのに本人は痛くないからか、面倒だからか、
だまっていて(とにかく怒られそうなことには蓋をする)、お風呂場の足拭きに血がついているのに気がついて弟に聞くと、「あ〜。。ちょっとぶつけちゃったみたい、、」と。
今までも、くるぶしが腫れたり、足には気をつけるよう言われてたので、「やばい!!」と、
すぐ近くの病院で処置してもらい、糖尿病を見てもらっている医大にいくように、、といわれ、
呑気に一週間後にいこうとしている弟に、早く行くように指示して、、。
それで医大の形成外科で診てもらっていたのですが(弟一人で)
私は母の介護がメインで行ってたので、(父もそのころ認知が始まったりしてて、びっくり行動あり。父ネタもいろいろあります)
余裕もなく「あ〜もう。。。!」と怒りしかありませんでした。
というのは、弟が尿もれしているパンツを平気で洗濯に出すので
私は母のおしめだけでいっぱいいっぱいだから、男性用のパットしてといっても(買ってきた)
変なプライドがあるらしく、全く言うことをきかず、匂いもくさいし
足は血まみれだし、怒りまくってました。。(かわいそう、とは思いつつ、そう思えなかったです。なんかえらそうにしてるし)
最近わかったのですが、この頃から足首がうごかせなくて、あちこちぶつけてたみたいです;
で、病院には行かせていたのに、糖尿病の主治医の先生に足の怪我のことを言わないもんだから、
形成外科と、代謝内科、それぞれに受診していても、結局糖尿病の先生は入院後に怪我のことを知ったようです。(病院や介護施設とかでは、とにかくちゃんと伝えることが大事ですね。。)
ゲーベンクリームと包帯で処置していたものの、食事もそのままで血流が巡ってないため治らず、いよいよ足の傷がひどくなり、緊急で循環器内科に診てもらい即入院。。(12月23日だったかな)になったのでした。心配だったので、とりあえず、心底ほっとしました。。。
その時に、もう足は切断になるかも、と言われていたのですが、血糖値コントロールなど治療していただき(抗生剤とか?)血流が良くなったらしく、幸い足を切ることなく1ヶ月程で退院となりました。
ただ、いきなり退院、自宅から通いで、、ということで、私もその頃はそうするしかないのか。。と両親介護の状況説明をあまりせず、一週間くらい伸ばしてもらいましたが、(その間、市役所に相談し、弟の障害者支援サービスを認可、ケアマネさんをつけてもらいました)自宅での不安をかかえたままではありましたが、本人も帰りたがっていたので退院しました。
両親をショートステイに預けつつ、弟は一人で大丈夫だというので(本当は世話した方がいいとわかってましたが、もう自分が限界こえてました。。ケアマネさんにも相談し、もう帰って大丈夫と言ってもらい、泣きながら電車で帰ったのでした。。)。弟と電話でやりとりしながら、2、3泊自宅、また実家に戻る、を繰り返したと思います。
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。。。。。書き始めたら長くなってしまいました。
読む人誰もいないかもしれないけど、もう少し書きますね。
実家に帰った弟はさすがに、野菜と豆腐などのタンパク質と、ご飯も200グラム、と測って
食べるようになりました。血流が良くなるように、なるべく足をあげているように、とのことで
足を上げてテレビを見て過ごし、足を洗って薬を塗って包帯まいて。。。
ただ、やはり足の傷はあっという間に悪くなり、甲が腫れてきてしまいました。
退院して二週間後、「きゃー、、もうダメだよ。。T T」足の指が溶けてきています;;
小指の脇も、、骨のようなものが出てきていて。。。@@
なのに、本人は全く無反応です。。。
「これは病院に行かなきゃ!良いの?行かないの?」といっても
「うん、、どうしたらいいか、わからないんだよ。。じゃあ行こうかな。。」てな具合です。
もしかしたら病室が空いているのか?とか、そういうことを考えてたのかもしれません。
後になってわかったのですが、私は弟はアスペかなにか、こだわりが強いだけかなと思ってましたが知的障害的な?とにかく反応が普通とは違うんです。
足が腫れて、「こたつに入れないように、冷やすように」言われていたのに、ストーブに思いっきり足をくっつけてたそうなのです!(ヘルパーさんが教えてくれました、その時注意しても聞かなかったそうです)
その頃、私はもう怒りでいっぱいでした。。いや体が心配だからこそ、何でそういう態度なのか全くわかりませんでした。
弟に必死に「足はどうなっても良いの?自分の体なんだよー!」とぶりぶり怒りながら、病院に向かい、再入院となりました。。。。
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それが2月ごろのこと、私は実家に貯金が全くなかったことにもショックを受け(笑)、
両親ショートステイのお金と、弟の入院費をどうするか、お金のことでも頭を悩ませていました。
お金に余裕があったら、もっと弟に優しくできてたんだろうな〜。。?いやそうでもないのか?
いや〜、足の壊死というものは、とてもショックなものです。匂いもすごいですし。。
綺麗なものだけ見ていたい、良い香りだけ嗅いでいたい、そんなお花畑な頭の私に、初めての?
出来事だったかもしれません。。
どうしてもストレスになります。。。で、本人が呑気(に見える)ですし、そう!なんとカルピスを。。!!6本だか8本だったか、二階の弟の部屋の枕元にきれいに並べているではありませんか!!それを発見したときはキレまくりました。
(その頃ずっとカウンセラーのルナ先生に相談してて、弟くんはひまわり学級なんですよ、可愛いじゃないですか、って。。。いやーそう思えなかった。今は笑えるけど)
まぁそんななのですが、再入院して、またしても右足を切らずにすんで、中指一本だけ切って
それも乾いた状態にまで治り、、、医療ってすごいですね。。
なのに、本人は看護師さんの目を盗んでコンビニでお菓子を買ってしまったとのこと、
(最初に戻りますが。。)もう、「はぁ〜〜〜??何やってくれてんの?」でした。
そんななか、看護師さんは懸命にみてくださり、本当にありがたかった。。。(合掌)
そして、もう自宅では無理なので、なんとかお願いしソーシャルワーカーさんがリハビリ病院を
探してくださって、そちらに転院(4/10)。
ほっとしたものの、その後がまた地獄でした。。。。(つづく)。。。
お読みくださった方、ありがとうございました✨
書くと不思議と気持ちが軽くなりますね。
感謝です🍀





