問題意識の源泉 | 日々雑感

問題意識の源泉

仕事の現場を離れて、大学院生としてすごしてから、これまでの自分の人生を振り返ることが多くなっているように思います。卒業して仕事の現場に戻り、忙しくなるとこのような時間もなくなるとは思いますが。
今日は、ぼくが今持っている、企業経営における問題意識の源泉が、どこにあるのかを振り返ります。

ぼくは97年入社の団塊ジュニア世代に属します。
ぼくら世代が入社してから辿ってきた10年は、日本企業が戦後から積み上げてきた経営システムを、外圧によって、否定され、破壊され、アメリカが求める自由(グローバル)資本主義(株主主権型資本主義)に適したシステムへ構築しなおすプロセスにあった10年だったと思います。

ぼくが入社してからの10年(97年~07年)は本当に激動でした。
ぼくが入社した年に、戦後からそれまで絶対に潰れないであろうと思われていた大手の証券会社(山一)や都市銀行(北海道拓殖銀行)が破綻しました。そしてこれを契機に日本長期信用銀行、日本債権信用銀行といったエリート集団の大銀行も経営破綻していきます。

この間、日本企業は組織をフラット化して中間管理職ポストを減らし、報酬形態を一気に成果主義へと舵を切ります。あの頃は、年功序列、終身雇用を全面否定し、好景気を謳歌するアメリカ型の成果主義システムが絶対的に正しいというような風潮が、世間を支配していたように思います。

この転換期のほとんどを営業の現場で過ごしていたぼくは、転換によって混乱する渦中でいろいろな経験をしてきました。営業現場はミドルマネジメントを中心に運営されています。多くの現場のミドルは、転換のスピードが早いと、これまでの自分の経験をベースに今起こっている出来事を処理・把握できません。また、成果主義が導入されると、職場では同僚同士の競争が激化し、あの頃よくいわれた「勝ち組、負け組」へと同僚同士が区分けされる戦場と化します。つまり、現場スタッフ間の横の関係がギスギスして、助け合いや先輩が後輩に仕事を教えるという精神が欠如していきます。このように、ミドルはトップの意図を正確に現場に伝えることができず、かつ現場でも横の関係が希薄になり、現場は混乱の渦となっていました。

ぼくは、このような現場でキャリアを積んできたからこそ、野中郁次郎教授を中心とした日本の組織論の重鎮の方たちが唱えるミドルがトップ+シニア、そして、ボトムのスタッフと連携していく場のマネジメントの論理や、経営学の大家であるミンツバーグやドラッカーが提唱する日本の終身雇用の効用(終身雇用は多くの「生え抜き」と呼ばれる会社員を育て、そしてこの生え抜きには組織を強くする効果がある)におおいに共感します。

成果主義は、移民の国であるアメリカで発展してきました。言葉も異なり、人種も異なり、宗教も異なるために、密な横の関係で組織を束ねることが難しい移民の国には、成果主義や契約による雇用は有効なシステムでした。

既に上記のような97年からの10年間で導入してきたドライな成果主義的組織マネジメントは、日本において否定される傾向に転換してきています。

ぼくが持っている、有効な組織マネジメントのあり方とは何なのかという問題意識は、上記のような経験から来るものです。そして、この10年で日本企業が経験してきたことの中に、何かヒントが隠されているような気がしています。