みなさんこんばんは、

 

本日も幻想郷・霧雨魔法店内の聖書サロン、CLASS・M(クラス・エム)にお越しいただきまして、ありがとうございます♪

 

僕はこのサロンのマスターを務めております、幻想郷の白い伝道師、守宮聖人(もりみやまさと)です

魔理沙「よう! 今日も会いに来てくれてありがとな。

 

私は霧雨魔法店の店主、いつも元気な人間代表の魔法使い、霧雨魔理沙さんだぜ☆

 

さて蓮子、聖人の後輩から写真が届いたんだが」

 

蓮子「なるほど♪

 

すっごくかわいいよ♪」

 

いやぁ~・・・

 

ただ僕としましては、コンタクトを忘れてしまって、普段のメガネをかけることになってしまったのは心残りですが・・・

 

小鈴「そんなことありませんよ♪

 

聖人さんが一生懸命、蓮子さんになり切ろうとしてここまでやってくださったことに、蓮子さんや私たちもうれしい気持ちになれるんですよ♪」

 

フラン「お兄ちゃん、本当に蓮子になれてよかったね♪」

 

・・・はい♪

 

今年はまだまだ何度も挑戦したいと思っているので、是非皆さんのお力をお貸しくださいね♪

 

魔理沙「おう♪

 

アリスにもしっかり伝えておくぜ♪

 

さて、そんじゃ今日も聖書の学習だな?」

 

では今日も聖書の学習会を初めていきましょう。

 

では今回お読みしますのは民数記21章5節から9節です。

 

『民は神とモーセに逆らって言った。「なぜ、あなたがたは私たちをエジプトから連れ上って、この荒野で死なせようとするのか。パンもなく、水もない。私たちはこのみじめな食物に飽き飽きした。」

 

そこで主は民の中に燃える蛇を送られたので、蛇は民にかみつき、イスラエルの多くの人々が死んだ。

 

民はモーセのところに来て言った。「私たちは主とあなたを非難して罪を犯しました。どうか、蛇をわたしたちから取り去ってくださるよう、主に祈ってください。」モーセは民のために祈った。

 

すると、主はモーセに仰せられた。「あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上につけよ。すべて噛まれた者は、それを仰ぎ見れば、生きる。」

 

モーセは一つの青銅の蛇を作り、それを旗ざおの上につけた。もし蛇が人をかんでも、その者が青銅の蛇を仰ぎ見ると、生きた』民数記21章5節から9節より

 

さて、今日の箇所なのですが、実は僕の通っている教会の今日の聖日礼拝が、ゲストの伝道師さんをお呼びしての礼拝で、その先生がお読みした聖書箇所でした。

 

そして、この箇所は僕にとっても今の誹謗中傷や批判が絶えない現代社会を生きる皆さんに是非覚えていただきたい箇所だなと思いまして、今回この箇所を皆さんと学んでいきたいと思います。

 

映姫「そういえば、金曜日に例大祭からの帰路につき始めたとき、ビッグサイトの前でデモ行進がやっていたっておっしゃってましたよね?」

 

はい。

 

まぁ、自分の意見を訴えかけるというのは個人的には分からなくもないのですが、その訴えってもしかして政府や首相などの政治家に訴えている・・・のでしょうか・・・?

 

紫「ま・・・まぁ、そうなんじゃないかしら・・・?」

 

・・・なるほど・・・

 

僕は正直あまりこう言うことに触れすぎるのは良くないと思っていることから、そういう類に関してはあまり良くわかりませんが、政府や首相、政治家の方にそれを訴えかけるよりかは、主、イエス・キリスト様、すなわち神に祈る形に変えた方が思い通りになるのではという持論を持っていますね。

 

妹紅「そうだよな・・・

 

だって批判をする力があれば、政府や政権を握っている人物よりも、主、イエス・キリストがこの世界を仕切っているんだからな。」

 

はい。

 

今回の聖書箇所もまさにエジプトからイスラエルに向けて200万人から300万人ほどの人々砂漠やいばらの道のような、過酷な荒野を大移動をしていたのですが、そんな過酷な環境ですからパンも水もなく、仮にあったとしても200万人以上もの人数分が毎日あるわけではありませんから、道中は主が『マナ』と呼ばれる食糧で餓死しないようにしっかりと移民全員を守っておられていました。

 

ですが、みなさん何日も同じ飲食物で生活をするというのは、最初は問題ないでしょうが、何日も経つとどう思われますか?

 

幽々子「・・・まぁ、さすがの私でも飽きちゃうわね・・・」

 

はい、まさにこの時2、300人の移民たち『我々はこんないばらの道のような過酷な荒野を何日も歩かされているのに、いつもこんなみすぼらしい食べ物ばかりか、ふざけるな、お前らは我々をこの荒野でくたばらせようとするのか!』

 

と、主とモーセに反逆をしたのです。

 

ですが、主がお与えになっているマナという食べ物は、このような荒野でも飢え死にしないために、この移民ひとりひとりに命をお与えになっている主が、わが子の命を守るためにお与えになっているのに、その恩に反逆をしていることになるため、主はそんな移民たちへの戒めとして、燃えるような何匹もの蛇を300万人の中に投げ入れられたのでした。

 

というのは、みなさんご存知のように猛毒を持っている種類もあり、今回主が投げ入れられた蛇も猛毒を持っており、無差別に移民に噛みつき、噛みつかれた移民は蛇の毒によって多くの人々が命を落とします。

 

フラン「うう・・・怖いよぉ、お兄ちゃん・・・」

 

ですから、この地獄絵図のような状況移民の人々はあっさりと5節での発言で主とモーセに反逆したことに懲りて、『私たちは主とあなたを非難して罪を犯しました。どうか、蛇をわたしたちから取り去ってくださるよう、主に祈ってください。』

 

そう、モーセに懇願しました。

 

霊夢「・・・

 

何だか都合がよすぎる気がするとは思うけれど、そもそも主はそうやって自分への信仰をまたすることが何よりだから、私たちがこの移民たちを批判するのも良くないわね・・・」

 

そういうことですね。

 

やはり、自分がこうならなきゃ嫌だというように思っていて、それとは違う展開になっただけで批判したり、不満を喚くといった方々がこの世界で増えてきてしまっているのは確かに遺憾に思います。

 

ですが、だからと言ってそういう方に対して批判をしたり、さらに言えば罪を犯した者に対して厳罰で裁いてもらうというよりは、悔い改めや、さらに平和になったり治安が改善されるように生きる、もしくは被害者に対して、主からの慰めと励ましがあるように祈る

 

この箇所から僕はあらためてそれが一番大切であると改めて感じられました。

 

小鈴「でも聖人さん、どうしてこういう裁きに対して神経質になりつつあるのでしょうか・・・?」

 

それは、本来の聖書やキリストの教えのとおり罪を犯してしまった方を赦す行為が、被害者への冒涜になってしまうという風に捉える傾向なのかもしれません。

 

今、連載30周年を迎えるサスペンス系少年漫画、『名探偵コナン』の最新作映画、『100万ドルの五稜郭(みちしるべ)』が大ヒット上映中であることを中心に国民的サスペンス作品として『名探偵コナン』は長年愛されてきております。

 

もちろんこの作品で起きる事件というのが大半は被害者が殺害される殺人事件で、トリックや犯人の動機も百花繚乱で、

中には農夫のたとえを聞いたパリサイ人たち『その農園の主の子息をはじめ、農園の主人となった人々を暴行や殺害を起こす外道な農夫たちには死の裁きを』と考えたように

中には『この農夫のような被害者はこうするしかなかった』というような犯人が居ても、江戸川コナンや毛利小五郎をはじめとした探偵や目暮警部を始めとした警察はそんな犯人にも基本的には同情はしておりません。

 

そう聞くと聖書的にはコナンや毛利探偵の犯罪者への対応はいかがなものなのかと思うかもしれませんが、

基本的には犯人がその後どんな刑罰で裁かれたのかという後日談が語られたケースはあまり見たことがありません。

 

それに、罪を暴かれて自白した後に自ら命を絶とうとしようとした犯人に対してはコナンは初期こそそれほど止めようとはしませんでしたが、ちょうどこの時期にとある依頼でいくことになった離島での事件の犯人の命を絶たせてしまったという経験の教訓から、自害は絶対にさせないようにしています。

 

恐らくはコナンの作者、青山剛昌先生も、『その犯した罪はしっかりと悔い改めるように』というそれだけの意味でコナン達は犯人に対して基本的には同情しないように描かれているのではと思います。

 

慧音「・・・自分の犯した罪を自覚して、それに対してはしっかり悔い改めるようにしなさいということですね」

 

はい。

 

皆さんが心の中で秘めている『正義』は、本当に自分の命をお与えになった主に対しても本当の正義と誇って言えるでしょうか?

 

その意見は本当に自分の感情に任せてばかりではなく、冷静に考えたうえで出た意見でしょうか?

 

主がこの世界で造られた命自分一人ではなく、たくさんの人や動物、さらには自然も造られており、この世界で起きている全てのことも主によって起こされております。

 

少しでも自分の思うような日々になりたいのであれば、それこそ主を覚え、主に祈る、その習慣をまずは少しからでも良いので、するようにしましょう。

 

魔理沙「主に祈る習慣が身に付けば、自ずと心も穏やかになるってことだな」

 

はい。

 

蛇を投げられ、絶体絶命の窮地の状況となった移民から助けを懇願されたモーセ主に祈ると、一つの青銅の蛇を作って旗ざおの上に掲げなさいとモーセに仰せられました。

 

投げられた蛇の数はそれよりもはるかに多いのに、青銅の蛇は1匹と普通なら足りないとは思っても、元々はマナだけで何日もの荒野の中での移動でも飢えることはなかったように、主は最低限であっても救いや守りのために必要なものを恵み与えてくださっています

 

今日もどんな人にも主は恵みをお与えになっています。

 

それを感謝して祈れる人になっていきましょう。

 

お祈りいたします、『全地で全能なる父なる神様、あなたの御名を褒め称えます。

 

今、この世界は自分の親しい周りの方であったり、自分自身の生活を、いつも自分たちの満足のいくように求めていくあまり、心のない言葉を発したりして、まわりを傷つけてしまうことがあることを覚えます。

 

それはもちろん自分自身も、思うようにいかない時に主に逆らってしまうこともあることがあります。

 

主よそれをどうぞ悔い改めさせてください、そして全ての人があなたを覚え、正しい満足というものを覚えることで一切の争いなどを取り除き、平和で満たされ、治安も改善へと導かれるよう全ての者を導いてください。

 

今日、あなたが造られたすべてのものとの共存の心得を覚えることができたことを感謝して、愛する主、イエスキリスト様の御名によってお祈り申し上げます。』

 

魔理沙「アーメン。」

 

蓮子「本当に、批判じゃなくて祈る方が心も落ち着くし、安らかになった気がしたよ」

 

メリー「そうね。

 

蓮子、私たちもこれからも祈る習慣をまずは大学の仲間から広めて行くようにしましょう♪」

 

夢美「そうね。

 

それじゃあ火曜日の朝、大学で呼びかける活動をしていきましょうかしら?」

 

ちゆり「・・・まぁ、いいんじゃねえのか?

 

帰ったら理香子にも連絡だな」

 

魔理沙「おう♪

 

期待してるぜ♪」

 

はい、明日の活動のためにもお祈りしておきますね♪

 

さてみなさん、本日の日記はいかがだったでしょうか?

 

魔理沙「この日記が勉強になったり、参考になったり、少しでも面白いと思ったら、是非、いいねとフォローをして『CLASS・M・ate(クラスメイト)』になってくれると嬉しいのぜ♪」

 

またこの日記でぜひ取り上げてほしいことも随時募集をしております。

 

ぜひコメント欄でリクエストしてくださいね。

 

魔理沙「これからも私たちと一緒にいろんなことを学んでいこうぜ♪ そしてコメントやリクエストも楽しみに待ってるぜ♪」

 

それではまた次回もお会いしましょう!

 

魔理沙「まったな~♪」

 

Masato Morimiya 

 

使用立ち絵:はるか様・dairi様(https://seiga.nicovideo.jp/seiga/im3189645)(https://www.pixiv.net/users/4920496