愛のリーダーを育てる!!

愛のリーダーを育てる!!

わたしの使命は「愛のリーダーを育てる」こと!

Do everything in Love.

主暦2026年4月27日(月)5786年 lyar 10

聖書箇所

リビングバイブル訳

Scripture:

サムエル記 第二 2章4~7節(2017新改訳聖書)

ユダの人々がやって来て、そこでダビデに油を注ぎ、ユダの家の王とした。ヤベシュ・ギルアデの人々がサウルを葬ったことが、ダビデに知らされたとき、
ダビデはヤベシュ・ギルアデの人々に使者たちを遣わし、彼らに言った。「あなたがたが主に祝福されるように。あなたがたは、あのような真実を尽くして主君サウルを葬った。
今、主があなたがたに恵みとまことを施してくださるように。あなたがたがそのようなことをしたので、この私もあなたがたに善をもって報いよう。
今、強くあれ。勇気ある者となれ。あなたがたの主君サウルは死んだが、ユダの家は私に油を注いで、自分たちの王としたからだ。」

 

Observation: 

ダビデはユダの王として油注がれ、ついに王位に就きました。しかしその直後に彼が行ったのは、自分の権威を誇示することでも、敵対勢力を制圧することでもありませんでした。サウルを丁重に葬ったヤベシュ・ギルアデの人々へ、感謝と祝福の言葉を送りました。

ヤベシュ・ギルアデの人々はサウルに忠実だったからです。つまり、政治的に見ればダビデ側とは異なる立場の人々でしたが、それにもかかわらず、ダビデは彼らの「真実」を認め、尊重し、「主が恵みとまことを施してくださるように」と祈っているのです。

彼は王になったから人を従わせようとしたのではなく、王になったからこそ、まず祝福と感謝から始めたのです。

また「この私も善をもって報いよう」と語っていることから、神から受けた恵みを、自分を通して人々へ流そうとする姿勢が見えるのです。これはコントロールする意味での支配ではなく、支え合い、分配する仕えるリーダーシップの姿なのです。

この箇所は、地位が人を偉くするのではなく、地位に就いたときにどう振る舞うかで、その人の本質が現れることを教えているのです。

Application:

今日もダビデの行動を通して感謝と祝福を届ける人として歩んでいきたいと思わされました。

自分の周りの人たちを幸せにするためにも、神の似姿に還ることが重要である事を伝えていきます。

祈りましょう(Prayer): 

アバ父よ、あなたの恵みに感謝します。どうぞあなたの愛と恵みを多くの人たちに分配することができるように助けてください。今日もSharing Church、 Kahului Union Church、Tree Home churchを祝福して、教会員の一人ひとりをお守りください。病んでいる人、特にK.T.さんを癒してください。もっと愛が語られ、世界が平和になりますように祈ります。 エルサレムの平和のために祈ります。今日もあなたの愛と恵みに感謝して、イエス様のお名前でお祈りします。 アーメン!

主暦2026年4月26日(日)5786年 lyar 9

聖書箇所

リビングバイブル訳

Scripture:

サムエル記 第二 1章11~16節(2017新改訳聖書)

ダビデは自分の衣をつかんで引き裂いた。ともにいた家来たちもみな、そのようにした。
彼らは、サウルのため、その子ヨナタンのため、また主の民のため、イスラエルの家のために悼み悲しんで泣き、夕方まで断食した。サウルらが剣に倒れたからである。
ダビデは自分に報告したその若い者に言った。「おまえはどこの者か。」彼は言った。「私はアマレク人で、寄留者の子です。」
ダビデは彼に言った。「主に油注がれた方に手を下して殺すのを恐れなかったとは、どうしたことか。」
ダビデは家来の一人を呼んで言った。「これに討ちかかれ。」彼がその若い者を討ったので、若い者は死んだ。
ダビデは若い者に言った。「おまえの血は、おまえの頭上に降りかかれ。おまえ自身の口で、『私は主に油注がれた方を殺した』と証言したのだから。」

 

Observation: 

サウルは長い間ダビデを追い、命を狙い続けた存在でした。そのサウルが死んだという知らせを受けたとき、ダビデが取った行動は、忠実そのものでした。彼は喜ぶどころか、自分の衣を引き裂き、深く悲しみ、断食までしてサウルとヨナタンの死を悲しむのです。

ダビデにとってサウルは敵である前に、「主に油注がれた方」であり、忠実なのです。そのため、たとえ敵対していても、その死を軽く扱うことはできなかったのです。

さらにダビデは、「自分がサウルを殺した」と語ったアマレク人の若者を処刑するのです。これは報復ではなく、「神に油注がれた者に手をかけることの重大さ」を守るための判断なのです。

この箇所は、真のリーダーとは、自分の感情や立場ではなく、「神の基準」で物事を判断する者であることを示しています。また、敵の滅びを喜ぶのではなく、悲しむことができる信仰が必要なのです。

Application:

ダビデの行動を通して、神様が選ばれ油注がれた方を尊ぶことは、神様を尊ぶことだと教えられました。敵対していようと、神様への信仰として悲しむのです。信仰は心が大切であり、神様への忠誠が必要なのです。

祈りましょう(Prayer): 

アバ父よ、あなたの尊い御名を賛美します。今日もダビデを通して、教えられたことを感謝します。どのような中にあっても、あなたを恐れて歩むことができるように導いてください。今日の礼拝を祝福してください。今日もSharing Church、 Kahului Union Church、Tree Home churchを祝福して、教会員の一人ひとりをお守りください。病んでいる人、特にK.T.さんを癒してください。もっと愛が語られ、世界が平和になりますように祈ります。 エルサレムの平和のために祈ります。今日もあなたの愛と恵みに感謝して、イエス様のお名前でお祈りします。 アーメン!

主暦2026年4月25日(土)5786年 lyar 8

聖書箇所

リビングバイブル訳

Scripture:

サムエル記 第一 30章22~25節2017新改訳聖書)

ダビデと一緒に行った者たちのうち、意地の悪い、よこしまな者たちがみな、口々に言った。「彼らは一緒に行かなかったのだから、われわれが取り戻した分捕り物は、分けてやるわけにはいかない。ただ、それぞれ自分の妻と子どもを連れて行くがよい。」
ダビデは言った。「兄弟たちよ。主が私たちに下さった物を、そのようにしてはならない。主が私たちを守り、私たちを襲った略奪隊を私たちの手に渡されたのだ。
だれが、このことについて、あなたがたの言うことを聞くだろうか。戦いに下って行った者への分け前も、荷物のそばにとどまっていた者への分け前も同じだ。ともに同じく分け合わなければならない。」
その日以来、ダビデはこれをイスラエルの掟とし、定めとした。今日もそうである。

 

Observation: 

戦いに勝利した後、分捕り物をどう分けるかという場面で、仲間の中に対立が生まれました。実際に戦った者たちは、「戦わなかった者には分ける必要はない」と主張しました。これは人間的に見れば当たり前であり、合理的な成果主義の考え方です。

しかしダビデはその考えを退けました。彼はまず、「この勝利は主が与えてくださったものだ」と語るのです。つまり、成果は自分たちの努力の結果ではなく、神の恵みによるものだという信仰に立っているのです。

そのうえで彼は、「戦った者も、残った者も同じように分け合うべきだ」と宣言したのです。ここには、役割の違いはあっても、価値の違いはないことを教えているのです。全員が一つのチームとして守られ、支えられていたという理解があるのです。

さらにダビデは、この原則を一時的な判断ではなく、「掟(ルール)」として定めたのです。つまりこれは、彼のリーダーシップの本質であり、組織の文化としたのです。

この箇所は、真のリーダーシップとは、成果を独占することではなく、恵みを分かち合い、全体を生かすことであることを教えているのです。

Application:

お金に執着することで、この恵みの分かち合いが疎かになるのです。いつも私の心にある葛藤のように教えられました。感謝して分かち合うこと、このことを実践していきます。

祈りましょう(Prayer): 

アバ父よ、あなたの尊い御名を賛美します。今日もダビデを通して、自分の心を見ることです。合理的で成果主義の自分を隠そうとして、穏やかそうなふりをしています。そうではなく、全てが神様の恵みであることを覚えて歩み続けることができるように助けてください。今日もあなたと共に歩み続けることができるように助けてください。今日もSharing Church、 Kahului Union Church、Tree Home churchを祝福して、教会員の一人ひとりをお守りください。病んでいる人、特にK.T.さんを癒してください。もっと愛が語られ、世界が平和になりますように祈ります。 エルサレムの平和のために祈ります。今日もあなたの愛と恵みに感謝して、イエス様のお名前でお祈りします。 アーメン!