無機質な冷たい診察室で淡々と告げられた 夫の病名
涙を流すばかりの私の隣で夫が医師に問うた。
「化学療法をしたら 僕はあとどのくらい生きられますか?」
「今はいい抗がん剤が色々あるから うまく合えば2年。 何もしなければ半年。」
よくお笑い番組やコントにあるように 後頭部を思い切りハンマーで強打されたようなショックだった。
夫に突きつけられた運命が残酷過ぎて茫然となり、何の配慮も無く淡々と余命宣告した医師に対する怒りを忘れてしまう程だった。
ひと言も喋らず家に戻り ソファーに座った夫がポツリと言った。
「ああ ○○ちゃん(娘)の花嫁姿見たかったな‥‥」
寂しげに呟いた夫の姿を忘れる事はできない。
かくいう娘は大学2年。 この癌発覚の2日後から初めての短期留学で1ヶ月台湾に行く事になっていた。
夫も私も同じ考えで 取り敢えず娘にはこの事実を伏せて、台湾に送り出そうという事になった。
そうこうするうちに高校2年の息子が帰宅。 朝9時に病院に行って余命宣告を受け嘆き悲しんでいるうちに夕方6時
ご飯の支度も全く手につかなくて夫と息子と3人で近所のラーメン屋さんに行った。
夫はこの時はまだなんとかラーメン一人前を食べることが出来た。
結局家族で行った最後の外食がこのチェーン店のラーメン屋さんになってしまった。
最後の晩餐 外食がラーメンなんて‥‥
でも夫は 色んなラーメン屋さんを巡ろうと私を誘うくらいラーメン好きだったから 夫らしくて
これでよかったのかもとも思う。
未だにそのお店には入れないけど。
その夜 勘の鋭い息子が私の部屋に来て、何があったのか教えて 気になって何も手に付かないと言ってきた。
不甲斐ない情けない母は まだ17歳の息子に告知当日に話してしまった。
そして更に情けないことに 鼻水で鼻が詰まって過呼吸になるほどに泣いてしまった。
もうすぐこの世を去ることになる父親と 号泣するしかできない母親。
しかも姉には暫く秘密にしろと言われる‥
どんなにか心細かったかと申し訳なく思う。
ここまで書いてブロガーの皆さんの気持ちが少しわかった
すごーく消耗するんだ‥と。 でもこの喪の作業は必要だと思う。
あの日のことは⑦くらいまでにまとめたいけど こんなに消耗するなら一気には無理です
次のブログは最近の事を‥‥。
ところでこんな拙いブログに いいねをもらえた!
きゃーうれしい こんな気分になるのね
いいねを下さった方のブログにお邪魔したりするのよね?
本当に呆れるほど初心者ですが これから勉強します!