2年前、出産したのは大学病院でした。
その病院を選んだのは、高齢だったこと、
内科の持病があったこともありますが、
一番の理由は家から一番近かったから。

緊急帝王切開で出産したのですが、
個室で赤ちゃんと二人だけでいると、
無性に誰かと話したくなることがありました。
助産師さんは時々来てくれるのですが、
世間話をする雰囲気でもありません。

そんな時、気になる彼女がいたんです。
廊下ですれ違う度、会釈してくれる彼女。
私と同じくらいの年齢に見えて、
そして腰を曲げて手すりにつかまって
痛そうに歩く感じも私と同じ。
きっと彼女も帝王切開だったんだ!

「手術の痕、痛いですよね」
「頻回の授乳、大変ですよね」
「でも赤ちゃんってかわいいですね」
そんな他愛もない会話がしたい…。
いつか彼女に話しかけてみたい…。
いや、今度会ったら話しかけてみよう!

そう思っていたある日、彼女が病棟を出て歩いていく後ろ姿を見かけました。
まだまだ痛そうで、腰を曲げて足を引きずって、ゆっくりと歩いていきます。
「まだしんどそうなのに、どこ行くんだろ?」と不思議に思って彼女の後ろ姿を見ていました。

その数日後、突然私は気づいたんです。
「彼女は赤ちゃんに会いに行ったんだ!」
私は意識していなかったけど、ここは大学病院。 

一般の産院では扱うのが難しいリスクの高い妊婦さんや赤ちゃんが来るところ。
未熟児だったり、病気があったりして、
赤ちゃんの容態が思わしくない場合は、お母さんと離れ、
新生児集中治療室で治療を受けます。
彼女はきっと、痛む体をひきずって赤ちゃんに会いに行ってたんだ…。

私は、こんなことにも気づけなかった自分に衝撃を受けました。
たまたま私の赤ちゃんは元気に生まれて一緒に過ごせているけど、それが難しい人もたくさんいる。
たくさんの管につながれて、おっぱいもあげられない、触れることもできない赤ちゃんもいる。

色んな状況の赤ちゃんとお母さんがいる。
そのことに気づく前に、彼女に軽はずみに声をかけなくてよかった。
私は心底ほっとしました。

結局、彼女と話す機会がないまま
私は退院しました。
あれから2年経つけど、今でも彼女の鬼気迫る背中を時々思い出します。
彼女も、お子さんも幸せでありますように。

出産後、母としての覚悟を初めて意識したできごとでした。