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日記です。
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というように、私は思っていますが父さんとかはどう思っているのかな。


もう前回行ったのがいつだったか忘れてしまうくらい前だと思うのですが、昔は毎年いっていた時期もあったような。


そんなあいまいな記憶だったのですが、着いてフロント等を見たときは懐かしさを感じてしまった。


今回は妹が転職で家を出るというので、しばらくはないであろう家族での旅行ということで最初は九州あたりの候補が出たんですが、日程とかの理由でなしになったんですね。


それでもせっかくだからどこかへ行きたいと考えた父が行きたいと言った場所が昔から行っていたところでした。


せっかくなら行ったことのないところがよかった自分はあまり乗り気ではなかったですが、結果としていろんなところに行けたのでよかったんじゃないかと。


ただ、やはり母がいなかったというのがとっても残念でなりませんね。


久しぶりに一緒に行っていたらどんな反応するのかというのがとても気になってしまうのですが、その答えはいつになってもかえってこないのです。








母に対しては後悔、無念という思いしか今は浮かんでこないのですが、いつか自分の今の状況がよくなって報告したいですね。


生きているうちにいろいろとしてやれなくてごめんなさい。





では.
27日というのはこれからも忘れられない日となるはず。


一ヶ月前のあの日、いつものように夜から深夜にかけて一緒にいた。数日前から何度か脈が測れないと看護師の方に言われていたが、その後はなんとか測れたりしていた。もちろん呼びかけには反応がなくて呼吸のみしていた。


どこまで聞こえているのかも反応がないので結局のところはわからないまま、これからもずっと…。


話を戻して、その日も父が交代で朝方に来てくれて自分が昼頃までいた。帰り際にまた夜来るからねと言い残して家でシャワーと仮眠をするために帰路についた。それが最後の会話、いや反応はなかったから会話じゃないのかな。


家についてしばらくしたらメールで脈が低下していると報告を受けた。この時はうとうとしていたのでまたなのかな?、程度に思ったけれど、この時すぐに行かなかったことを後にすごく後悔している。


その後40分ほどしたら一番嫌な報告をメールにて知らされる。こんなに重要と思えることもメールなんてやはりうちの人はどうかしてるなぁと感じてしまう。ここが親といえど理解不能なことの一つで、後におんなじようなことを妹にもしている。だからあの人はよくわからんし、今でもあまり会話をしない理由のひとつかもしれん。


そんなこんなで即、病院へ戻ることになるのだが、駐車場からはよくドラマにあるように全力で走っていた。エレベーターが来るのが遅いので階段を急いで登っていた。←気がつくと。


病室に着くとそれまで着用していた酸素マスクが外されベッド周りが少しだけ整理されていた。しばらくはその場に立ち尽くしていたけれど、ほどなくして涙が溢れてきた。





もっとも、お見舞いに行っていた頃は病室では泣くことはしなかった。悲しんでいる顔を見せまいと必死にこらえていた時もあったけれど、さすがに最後の時は止まらなかった。こんなに泣いたのはしばらくなかったのではというくらいにね。


その後父はいろんなところに連絡をしていた。ここでまた理解不能なことが起きる。妹への連絡だ。前からの取り決めで最後の連絡はメールでするということをしていたらしく、メールで連絡をしていた。ほどなく父が連絡が来ない、来ないと少し焦りにも見えた感じでつぶやいていた。


そりゃあ来ないですよあなた、と思ってしまう。いっくら前に取り決めていたとはいえ会議とかで見れないこともあるんじゃないのと言って、俺が会社に直接連絡をした。俺に連絡するときもさすがにそこは電話しろよと、ひどく呆れて失望したものだな。←親と言えどね。








さて、そんな日からちょうど一ヶ月になろうとしている。暦の関係上、次の日にお通夜をやらないとだったので二日間くらいはバタバタしながら経過していった。その後数日は何もやる気が起きなくて喰っちゃ寝をしていた。


今もそうなのだが亡くなったという実感がほとんどないように思う。5月11日に入院してから、そこが最後のお家になってしまったのだけれど、それ以前からご飯は父が作っていたり、入院していたりしていたから余計にそう感じるのかもしれない。


また病院へ行けば会えるかもとか考えてしまいこの前はとうとう行ってしまった。もちろん別の理由で行ったけれども懐かしくなってつい長居をしてしまった。ま、さすがに病室までは行くことはしませんでしたね。最後の方は毎日行っていたので顔見知りの看護師さんにどうしたの?とか突っ込まれるとまずいなーーという認識はありましたので。





まだまだ実感して受け入れるには時間がかかりそうですが、少し前に休止していたアルバイトもちょっとしてから再開した。本当ならもう少し何も考えずにダラーっと過ごしていたいし、あまりやる気が起こらないのでそのまま休止していようかとも思っていました。


しかしお金は減っていくもので、いろいろなもので消費されると分かっていたので再開することにした、というのはしょうがなくの理由で本来のところは別なものにある。


バイト先の子の一人が実習でしばらくいなかったけれども6月の終わりあたりに復活したというのが自分が再開する一番の理由であり、それがなかった今どうしていたかはわからない。


もっとも6月の終わりに復帰していたので自分もその頃には戻ろうかと思っていたところに今回の件が起きてしまい、流石にすぐには復帰できる心の整理がつかなかったのでようやく最近になって復活したという感じですかね。





感謝しているんですよ、あの子には。


本人にそれを言ったことはないし、言ってもなんとも思わないのかどう感じるのか、それはわからない。あの時から自分自身は変わっていないと思っているけれど、最近見ていると少し変わったのでは?と思うようなことが時たまある。


…この話はまたにしようかな。











話がそれているようにも思うが、率直にもう一ヶ月なのかという想いが大きい。こうしてまた次の“27日”が来るように感じるのだけれど、やはり今一番なのは仕事を探すことなのでは?という考えは常にあるように思う。母もそれを望んでいたのでね……。





では.
ひとつの部屋に家族四人で寝れたなー。


まあこれがどうやっても、なにを想っても最後なんだよな。


昔は夏と冬に保養所に旅行してみんなで寝てましたが、近年はなかなか家族全員で
というのはなかったので懐かしい気持ちだな。


と、同時にとっても寂しい気持ちもあって感情がぐちゃぐちゃだな。


書きたいことは山ほどあれど、、、



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