ガン田ガン太郎への挑戦状 | I CAN FLY!!

I CAN FLY!!

同級生の優しくて黒い旦那サマ一人と二人の息子と娘に囲まれ
てんやわんやの大騒ぎながら楽しい毎日

変な話だけど、病気が発覚してからと言うもの毎日がとても楽しい。

別に宝くじがあたったとか、年下の可愛いイケメンに言い寄られて困っちゃうとか

貧乳が突然変異で巨乳になったとかそんな特別な事があるわけじゃない。



なんというか、何をするにも新鮮で嬉しくて幸せに感じてしまうということかな。



確かにあたしは乳がんと言う病気を患ってしまって、健康に生涯を終える人たちよりは

多少のリスクを背負って生きていかなきゃならない。

でも、乳がんは良くたとえられる尺度として1cmの腫瘍に育つまでに10年かかるといわれる。

それならば、あたしは気づかないうちに10年以上も前からのガン患者でガンのベテランさんと言う事になる。

妙な言い方だけども、まったくもって根耳に水だったけどもそういう事になる。


だったらあの日、6月5日にガンの告知を受けた日からガン患者になった訳でもないんだ。

もちろんショックだし、なんであたしがガンに?なんて思わない事も無いけども

そんな前からあたしの体の中でガン田ガン太郎君は共存してたんだから、

その日を境にしてあたし自身が何か変わったかと言えばなにも変わらないもん。

あたしはあたしのまま何も変わらない。


変わったとすれば、毎日毎日毎分毎秒が愛おしくてたまらないと気づいた事なんだな。





告知を受けた日から悲観して卑下して過ごす一日と

愛おしんで楽しんで過ごす一日は、あたしの人生に置いてまったく同じ24時間。

だったら後者で過ごさないとすごい損した気分になるやーーん。




誰だって死ぬのは怖い。

でも誰だって自分がいつ死ぬかなんて知らない。

ただ、生死に関わる病気になって初めて自分はいつか死ぬのかと言う当たり前の現実に

やっと向き合う事ができた気がする。

人間は生まれた瞬間から死と向かい合いながら生きていく使命を背負わされる。

オギャーと鳴いて生れ落ちた赤子も100歳の老人も平等に背負っている。

それでも毎日何気なく生きていると、生きているのが精一杯でそれを忘れがちだ。

死と向かい合う事は、あたしはけして悲観的な考えではないと思っている。

その証拠にあたしは病気が分かる前よりもずっとずっと生きることを楽しいと思えるし

くだらない事で笑えるし、幸せだと思える。



あたしにはまだ幼い子供が三人も居る。

舐めまわしたいぐらいに可愛い。

お調子者で涙もろくてそれでも強くて優しい旦那が居る。

何があっても手放したくないし守ってあげなきゃならない宝物だ。



子供が出来るまでは、親に守られ、旦那に守られ、友達に守られ、それが当たり前のように生きてきた。

でも守るものが出来た今は守られて生きてきたあの頃より数段強くて生命力に溢れていると

自分で思っている。

だからガンだと分かってからも、守らなければならないと言う思いは一度もゆるがない。





どんなリスクを負ってたって、あたしの人生は現状OKだ。

悲しい現実ツライ現実もあって当然、ドンと来い。自分自身の事なら何も怖くない。



ようするにだ、





あたしはどんな事があっても負けられない、負けるわけにはいかない。




見とけよ、ガン田ガン太郎め!!勝負だ!!!!!!!!(実際の性別は不明です)