『想像力』というと自分の将来的なことを想像することだと考える人が多い思います。もちろん、自分の人生ですのでこうしたい、こうなりたいと考え想像することは大切なことです。想像することにより、そこに向かうとも言われるています。

しかし、今回は自分の将来などの想像力ではなく、他人に対しての想像力についてです。

 

私は、周りはどうでもいいと思い普段あまり怒ることなくニコニコと過ごしています。

そういいながらも、20代の頃は、『むだにイライラしている私、カッコイイ!』なんてワケのわからないカッコイイ図式があり過ごしていることもありました(笑)。

 

 

そんな、普段ニコニコと自分の機嫌を取りながら過ごしていますが、数ヶ月前に職場であまりにも自分勝手な人の発言に対してブチぎれました。

相手は、30代ということもあり、多少のことはまぁまぁと流していました。そう、流していたのも、私も同じ年の頃は自分勝手だったかもしれないと思うとあまり言っても・・・と思い流していました。

しかし、私はその相手の自分勝手な発言に対して我慢の限界に達しブチ切れたのでした。

それを見ていた人が翌日になり、言いふらして歩いていたのです。

そのことが、私の耳に入り私は『想像力がない人だ』と思いました。

 

言いふらしていた人に対しても私は、いつもニコニコとしていましたし、職場の不満を言ってきても聞いて、考え過ぎないようにユーモアを交えながら答えていました。

 

そんな対応をしていても、なぜいつもニコニコしている私がブチ切れたのか?と想像することもなく見たことだけなんだと、人間性が見えた瞬間でもありましたが同時に想像力を養うことは、大切なことだとも思いました。

 

なぜそう思ったかというと、言いふらしている人に想像力があれば、どうしたの?やなんでそうなったのか?と私に聞いてくると思いますし、もし聞かなくても言いふらすことはなかったのではないかということです。

 

そんな一部を見て言いふらされた私ではありますが、言いふらした人にこうだったからブチ切れたと説明はしていません。それは、わかる人にはわかりますし相手の学びだと思っているからです。そして、なによりそういうことをする人は私が何かしなくてもいつか自分に戻ると思っているからです。

なので、同じ土俵に上がらないことが一番だと思っています。

 

聖人君子にはなれないけども、相手がなぜそうなったかと想像力を養うことは大切だと、自分の想像力はどうか?と戒めを込めての内容でした。

 

想像力が豊かになることを願っています・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の身体で一番後回しにしているところ、ということを考えたことはありますか?

私は、ズバリ

 

 

です。

 

というのも、私は今週、歯医者に2日連続して行きました。

そんなに虫歯治療?と思われたと思いますが虫歯ではなく、歯ぐきに口内炎ではなく、おできのようなものが1ヵ月ほどできていました。

なぜ、おできのようなものと表現したかというと、痛みもなく市販の口内炎のパッチを貼っても小さくなるものの消滅することがありませんでした。なので、原因を知るために歯医者の予約をし見てもらいました。

原因は、神経を抜き治療をしたので溜まっていたウミが塊となったものでした。

そのようなウミの塊ができるかというと、身体が疲れていたり、ストレスで免疫力が低下して出てくるとのことでした。

 

思い当たる節がある・・・。

私は、仕事でストレスはたまりっぱなし、家事もやり資格試験の勉強となんとかこなしていましたが、身体は正直なモノだとも思いました。

 

そして、このウミの塊はまだそんなに大きくないのでそこまで気にすることはないけども経過観察ということになりました。経過観察になったのも、ウミの塊の大きさやできる頻度により歯を抜きインプラントなどにしなくてはならなくなるからです。

そんな、今後はこんなことになるかもしれない話しを聞いて終了かとおもいきや、最後に先生は「歯の掃除しばらくしてないよね?」と。

 

はい、確かに私は1月に来てくださいと言われていたのに予約を取らずに帰りそのまま4ヶ月ほど放置しました。(笑)。

そのため、連日歯医者に行くこととなりました。

一回でやってくれよ、と思いましたが今回ばかりは、連日で良かったと思いました。

それは、前日になんともなかった歯に異変が一晩で起きていたのです。

私は、嚙む力が人よりも強いのです。その嚙む力が強いために、以前治療し先生も渾身のできと満足してきれいにはめてくれたプラスチックのかぶせを割っていたのです!それは何年も前ではなく1年も経たないものでした・・・。

歯科衛生士さんにそれを伝えられた先生は「昨日は大丈夫だったのに⁈」と撃沈の瞬間でした。先生曰く、おそらく内側の見えないところにヒビがあったのではないかということでした。

 

なぜ私が、嚙む力が強いとわかったかというと、大人になり歯列矯正をしたからです。大人になってから矯正をすると永久歯が固定されてしまうのでどのように矯正をしていくかと色々と検査をするのですが、そのときにわかりました。

 

ちなみに、歯に関することはどうやら父親に似るようです。歯医者はハッキリといいませんでしたが「私の父はインプラントなんだけど、壊すほど嚙む力が強い」と言ったときに先生は「あぁ~」とニヤリとした先生の顔はやっぱりといった感じでした。

こうして、医者しか知らないこともあるのだと改めて思った瞬間でもありました。

 

そんな、歯医者に連日で行き得た教訓は

 

毎日使う歯を疎かにしてはならない!

 

です。

 

歯医者とは、歯の痛みが出てから行くので治療中は痛い思いをしたり、何回も治療のために通院と時間がかかるものです。そうならないためにも検診に行こうと思いました。歯は、もし全部がダメになっても入れ歯という手もありますが、自分の歯で食べるほうが美味しいというのを聞いたことがあります。そう思ったら、やはり自分の歯は大切です!

 

身体に関することは何事も早期発見、早期治療なんだと思った今週のできごとでした。

 

 

皆さんが、健康で過ごせることを願っています・・・。

 

 

 

 

 

先日、ファイナンシャルプランナー3級の試験に望んできました。

結果は・・・

 

一部合格

 

という結果です。

 

この一部ってなに?と思われることだと思います。

ファイナンシャルプランナーの試験は学科と実技の試験構成です。その両方が合格してファイナンシャルプランナーの資格となります。

 

学科試験は60点満点中36点、実技試験100点満点中60点が合格です。私は学科が39点、実技が40点でしたので学科は合格、実技不合格ということで一部合格なのです。

なぜ、こんなに早くわかるかというと、パソコンでの試験で解答が終わったらスコアレポートを印刷することになっています。そのスコアレポートは試験終了後に渡されます。それにより、試験結果の発表を待たずに合否がわかるのです。

学科試験と実技試験は別々に受験も可能ですが、私は、時間を空けて1日で終わらせるようにしたのです。

 

 

学科試験は、私が購入した過去問題集と問題の出し方が違い心の中で『なんじゃこりゃ~違うじゃん』と思いながらもなんとか見直しし終了させました。その後、スコアレポートをもらいパッと点数を見たときに39点という点数をみて不合格だと思いこみ、ダメだこりゃーと思い実技試験もチャチャっと終わらせようと思い開き直って見返すことなく終了させました。スコアレポートをもらいやっぱりね~なんて、両方の結果を改めて見て、あ!学科試験は受かってたと気づきました。

見直しをしていたらなんとか合格していたかもと思いました。

 

 

こうして試験が終わり、どちらかだけでも合格したので良かったと思っています。もし両方ダメなら、また来期の試験は最初からの勉強になります。実技試験は、計算問題が多いので少し法令が変わっていても問題を解きながら覚えれば合格しそうな感じだからです。

 

 

幸いなことに、夫もまた受けていいと言ってくれています。ただ、夫は「試験日を決めて臨みなさい」と。たしかに、私は、今回の試験に関して受験日を中々決めませんでした。しかも、試験前に「落ちたらまた受験していいか?」と夫に弱気な発言をしていました。その背景には、昨年の9月から勉強をしていたのですが、覚えることが多く仕事は週5日で残業もほぼ毎日、休みは普段できない家事に追われ、日々の仕事の疲れもあり夜になるとぐったりして本当に中々進まない状態だったからです。

また、試験がいつでも受けられるシステムということもあり決めていなかったこともありました。

なので、合格に至らなかったのは、自分の気づかないところでまた受ければいいとの思いがあったのだと思います。

 

ただ、そんな忙しい中での勉強、小学校3年生の算数で見事に脱落し計算問題に苦手意識をもっていた私がそれを越えてここまできたことは自分を褒めてあげたいと思います!私がんばった!!

今月も残りわずかですが、少し休みながらも、7月末に実技試験を受けることを計画しています。ひたすら過去問題を解いて合格できるようにします!

 

皆さんが、日々がんばっている自分を褒められますように・・・。

 

 

 

週5日のフルタイム勤務に毎日の家事となると、やることが多く自分の時間というのはほぼないと実感しています。

 

そんな中で、私はいかに家事を効率よくやるか?と考えます。しかし、効率よくやるにも限度があるものです。そんな中、考えついたのは「やめること、少なくすること」なんだと気づき視点を変えました。

そんな、やめる、少なくするで一番楽になったと思うことは・・・

 

買い物

 

です。

 

いまさら~!なんて思われるでしょうが、これが一番楽になりました。

買い物のすべてではないけども、一部をネットに切り替えたのです。そしてなぜ、いまさらなのかというと、私の幼い頃にはネットでの買い物というのがなかったからです。あったとしても通信販売で、少しいい洋服、バッグ、少しいい食べ物などでハガキやファックスでの申し込みをして2週間から3週間ほどで手元に届くなんて感じでした。今のように、日用品などはありませんでしたので、買い物といえば実店舗ですることだと思い込んでいました。

また、ネットでの買い物は最初のうちは、サギだったなんて話しを聞いたことがあったのでますます信用ならない!と私は、頑なにネットでの買い物はしていませんでした。するとしても、本屋で読みたい本を探しても見つからなかったときだけでした。

 

 

しかし、この日常生活を少しでも楽にするために意を決しネットでの買い物をするようにしました。そうしたら、まぁ!楽だわ!と思いました。(笑)

家にいてポチポチと商品を選び注文、早ければ翌日に届くなんて夢のようです。大げさだけど思われるかもしれませんがそう思いました。

 

 

こうして、ネットでの買い物をするようになり思うことは「手抜き」ではなく「手間を抜くこと」で家事が楽になることというのは、自分の余裕のためにも大事なことではないかということです。

ただ、ネットでの買い物というのはとても便利だと思っていますが、実店舗がなくなるのも困るというのが本音です。やはり、どうしても急ぎで必要な物となるとネットでの買い物より早いのが自分で行くしかないからです。なので、ここはバランスよく、実店舗とネットでの買い物をすることなんだと思っています。

 

手抜きは手間抜きと思い、他に時間をかけたいことのために家事の時短を目指していこうと思っています。

 

皆さんの時間が有意義になることを願っています・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いよいよ本格的にゴールデンウイークが、始まりますね。

早い人だと4月25日からでしょうか?今年は並びが良く有休を使うと最大12日もあるとのことです。もしかしたら5月の7日、8日も有休を取り16連休なんて人もいるかもしれませんね。

 

いまやこんなに長い休みとは、正月休みやお盆休みより長い!と思いますし、私が、幼い頃には想像もしませんでした。

私が幼い頃は、大人は土曜日も仕事をしていましたし、学校も半日だけだったことを思い出すとずいぶんと休みが多くなり、仕事だけではなく、プライベートも大切にする時代になったものだと思います。

 

時事ネタとしてゴールデンウイークのネタをと思い書き始めましたが、私はゴールデンウイークを楽しんだ記憶は小学生で止まっています。家族でどこか旅行に行ったというわけではなく、当時よくあった地元の河原でのお祭りに行った、鯉のぼりを見に行った程度です。中学時代の記憶はなく、高校時代は部活三昧といったところです。

 

社会人になったら、あるでしょう!とおもきや、これまたあまりなく、20、21歳の頃に友達とバーベキューをしたのが1,2回あった程度です。それも、何とか仕事の都合をつけてやっと行ったという感じです。当時、友達も仕事をしていましたがカレンダー通りの休み、私はというとカレンダーとは関係ない365日稼働、店休日もないという仕事でした。そんな仕事でしたので、だんだんと友達に合わせることが面倒になり仕事を理由にして断るようになったのです。そうして断り続けた結果、誘いも来なくなりました(笑)。

 

こうして、私のゴールデンウィークの思い出は特になく、むしろ友達を減らすことをしていたといったところでした。

 

 

ゴールデンウィーク、お休みの方は楽しんで、お仕事方は無理なくがんばってください!

 

 

 

私は、週5日勤務ですが、今週は体調不良により2回しか出勤していません。いや、正確に言うとできなかったです。

会社にしてみたら、タイトルのように「体調管理も仕事のうち!」と言いたいことだと思います。

しかし、今の私は体調管理をしていても会社での配置の関係でしきれないのが現状です。それは毎週決まった曜日に1日ですがドライとチルドの仕事をこなすからです。

冬場なら気温差も大きくなく、むしろチルドの方が温かいなんてこともありますが、春になれば気温差は10℃を超えてきます。そんな中で仕事をすれば体調管理もへったくれもねえ!休むのは会社のせいというのが本音です(笑)。

倉庫でいうチルドの温度帯はマイナス5℃から5℃、あるいは0℃から10℃なんて言われています。

 

私は、片頭痛、萎縮性胃炎、肺気腫と見えない疾患を抱えていますので春は特に用心していますが、身体は季節に対応するために常に変化しています。そして、大きな症状はないものの一応更年期です(笑)。そんなことは、若い時にはわからなかったが、わかるようになったのも年を取った、いや大人になったからかなんて思います。そして、大人って大変ね、なんて自分に労いの言葉をかけています。

 

コロナ禍以降、体調不良なら休みましょうよ的な社会になってきて良かったと思います。私が、働きだした30年前は、休むことは悪のような社会でしたから。そう思うと働く側としては働きやすい環境になったものだと実感します。また「体調管理も仕事のうち」という会社側の気持ちも理解しているけども、自分や家族に何かあっても会社は責任を負うことはないということです。

ただ、休むことを推奨しているわけではありません。

 

どんなに体調管理をしていても、こればかりはどうなるかわからないということです。また、会社の仲間が休んでもお互い様よね!と責めることなくいたいものですね。

 

どうぞ、皆さんもご自愛ください!

 

 

 

 

この言葉は、高校時代の部活動のときに強豪校の垂れ幕で知り感動した言葉です。

 

当時の私は、何かができたという達成感もなく努力することもないと感じていました。また友達も、やりたいことにをやっているように見え私は、特にやりたいことにもなく大人になっていくのをみて私は、置いてけぼりの感覚でした。そんな気持ちの中で、ただただ過ごしていた私はなんだか救われた気持ちになったので、30年たった今でも心の中にあるのではないかと感じています。

 

しかし、そんな感動した言葉なのに忘れていました。なぜ、思い出したかというとブログのネタを探していたからです。また忘れていたのは、当時、救われた気持ちでいっぱいになり感動したものの意味まで考え理解していなかったからではないかと思いました。

 

この言葉を思い出し考えてみました。

私たち人間は、いきなりはできない、努力して何かができるようになるものだということです。

例えるなら、お箸が持てること、文字の読み書きなどです。

お箸なら、親が幼い頃に持てるように、文字の読み書きなら学校と親に教わりできるようにと練習した結果できるようになったわけです。

また、家事もそうです。よく、男の人が「家事はできない」と言いますがそれは、単に親がやってくれていてやらないで生きてきたからできないだけです。そんな私も以前のブログに書きましたが、母が生きているあいだは全くやりませんでした。しかし、母が亡くなりやらなくてはならない状況になり渋々ではありましたがやったら今はできるようになりました。今は、いかに効率よく家事をやるかまで考えられるようになりました。

 

 

こうして、日常生活を振り返ると当たり前すぎて見落としてしまいますが、できるようなるために知らずに努力をしていることというのはたくさんあると思います。まさに『できることが才能ではなく努力することが才能である』だと思います。

しかし、どんなに努力しても報われないこともあります。私も実際に努力しても報われないことは幾度もあります。そんなときにはダメな自分と嫌わずに、できるようになりたいと思った自分、できなっかたけども挑戦した自分など、がんばったことを探し仲良くなるようにしています。また、都合よく「神様は、この道は違う」もしくは「合っているけどやり方が違う」と言っていると解釈しています。

 

 

当たり前にできていること、それは気付いていないけど努力してできていることです。

 

皆さんが、できていることを見つけ自分と少しでも仲良くなれることを願っています・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、素直に言えたことは?

「マジ、イジメですか?この仕事量」と社員に言いました。(笑)

 

このたまに出てくる○○診断、面白いと思い保存しています。

そして、救世主だと思います。

 

それは、週一回ブログを書く!と決めていますが日々の仕事に家事、仕事の日にできなかった家事をやると時間がなくなります。今日も午前中は先日、寝違えた痛みから頭痛とグロッキーになっていました。その後体調も、何とか戻り家事などやったら23時近くとなってしまいました。

こんな時間だから寝ようか、書くかと迷い時短で書ける救世主を活用した次第です。

 

診断結果のあとの、最近素直に言えたことは?とありますが、年齢を重ねると大概のことは冗談まじりでさりげなく言っているので上記のこと以外にもたくさん言ってます。

ただ、なんでも言うというよりも、おかしいことはおかしいと声をあげることではないかと思っています。すぐには変わることはないですが、小さな一歩として声をあげることは、必要なことなので言葉を選び、どうしたら伝わるかを考えてから伝えるようにしています。

 

毒舌よりも、優しく相手に伝えたいものですね。

 

皆さんが、自分に素直になれますように・・・。

 

 

 

毎年恒例の春の全国交通安全運動の期間ですね。

 

毎年、春と秋の二回10日間行われていて強化期間中は検問があったり、交通違反の取締をやっていて少しいつもより少し混雑する期間だったりすると思います。

 

この全国交通安全運動は、内閣府によると『広く国民に交通安全の思想の普及・浸透を図り交通ルールの遵守と正しい交通マナーの実践を習慣つけるとともに、国民自身による道路交通環境の改善に向けた取り組みを推進することにより、交通事故防止の徹底を図ることを目的とする』とあります。

なので、車だけに限ったことではなく歩行者や自転車も含まれるということです。

 

 

私はトラック運転手をしていましたが、その仕組みは、おかしくないかい?と思うことがありました。それは、乗用車にぶつかられたときの事故割合です。乗用車同士なら、走行中でも相手がセンターラインを越えてぶつかってきたとなると10対0になりますが、大型トラック対乗用車となると最低でも1対9となります。大型トラックの割合が0となるのは停車中のみとなります。なぜ、こんな割合なのかというと、運転のプロということで、乗用車の面倒をみてあげなさいとの理由だそうです。

これは、私が運転手を始めたときの指導員から聞いた時には、そんな理由!なんて驚いたものです。しかし、考えてみれば人生において、普通免許は必要だけど大型免許はなくても困ることはないと思うとなんだか納得する理由でもあると思っています。

 

 

また、近年ではスマホの普及により、運転中でも使っていて事故になるというケースも増えています。これは、自動車だけではなく自転車もです。自動車ならまだ自分の身は守られますが、自転車では身を守られることはありません。

自転車は免許もなく乗れる一番身近な乗り物です。なので、危ないという感覚は非常に低いように思います。

私は高校時代は自転車通学をしていましたが、当時は危ない乗り物と認識することはありませんでした。路肩部分が狭く走りにくいところなどは渋滞中の車道のセンターラインなんかも走ったりしていたりと今、思えばヒドイ運転をしていたものです。

 

 

車なら止まれの標識があるところで、いつも来ないからと止まらずに出たら、出会い頭の事故になりそうだった、歩行者ならスマホに夢中になって車にぶつかりそうだったけど運転手が気づき止まってくれたなど危ない目にあったことはあると思います。これは、私が運転中にぶつかられそうになった経験、歩行者に気づき止まったために事故になることはなかった経験です。

この、私と反対の経験をされた人もいると思います。危ない目にあったことがない人は私も含めいないと思います。

 

そう思ったら、どんな立場であっても交通ルールを守ることは自分を守ることですし、それだけではなく他の人の安全にもつながると思います。

 

皆さんの安全を願っています・・・。

 

 

 

 

 

先日、アメブロを開いたら「今日の格言」とあったのでやってみました。

そうしたら、この格言がでてきました。

 

なんだか、今の私に必要なことだと思いました。

 

私は、パートでフルタイム勤務、以前の勤務先は車で30分程度でした。しかし、その勤務先も業務提携をしていた先の方針転換により業務継続が不可能となり

会社都により退社か転勤となり、私は職探しをせずに転勤を選びました。

 

以前の職場なら、通勤途中に用事も済ませられることもあり、休みの日にやることを少なくすることができました。しかし、転勤先は私の使っている銀行やスーパーなどと逆方向にあり、通勤の途中に用事を済ませることができなくなりました。また、転勤先は、同じ会社でも業務が違い仕事のボリュームもあり、残業もほぼ毎日で睡眠時間が削られていて、以前のような生活ができていない状態です。

その結果、休みの日には、毎週とまでではないですが予定がパンパンになります。

夫も「用事を詰め込み過ぎ」と言うほどです。

頭の中では、一瞬「お前に付き合わなければ詰め込まねえよ!」と言ってしまえと悪魔が囁きます。しかし、私の天使が「あなた、言いたいのもわかるけどそれは禁句よ!」と私の中でバトルが始まります(笑)。で、どちらが勝つのかというと天使です。天使が勝つ理由は、また改めて書きたいと思っています。

 

このような状態の生活に余白をつくるのは、正直なところ家事を放棄することが関の山です。しかも、そんなパンパンであれば、何も入る隙がないと思っています。

それは、休みの日にあちこち買い物をして、もう荷物が持てない、だけどまだ買うものはあるから行かなくちゃ!なんてたくさんの荷物を持ったまま、次の店に向かう、そんな状況と似ていると思います。

また、ほかの方がブログで『運が来ていても満席状態なら、運もスゴスゴと帰るしかない』というのを書かれていました。確かに両手いっぱいに抱えていたらチャンスを掴むことはできないですし、チャンスの神様は前髪ほどしかない、というのも聞いたことがあります。そう考えるとチャンスの神様をつかまえるためにも、アイディアを生むためにも余白は人生に必要なことだと思います。

そして、なにより自分の心が穏やかであるためにも余白をつくることをしたい、そう思います。

 

皆さんも、素敵な余白時間ができますように・・・。

 

 

今日も、デザイン幅表示で書いていますが、段落がおかしく読みにくくなっています。直し方が分からずそのままの投稿になります。申し訳ありません。