私は『普通は○○ですよね?』と自分の考えなどを言われるとはい?普通って?と思ってしまいます。
普通とは、広辞苑によると『ひろく一般的であること、多くに当てはまること、どこにでも見受けられ、他と特に変わらないこと』と定義されています。
この定義には納得できます。
例えば、車を運転するのには免許が必要で免許がない人は運転をしてはいけない、これは広辞苑の定義に当てはまります。
しかし、個人の常識や考えの多くは、この定義に当てはまらないと私は思っています。それを表しているのが
『常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションである』
と、アインシュタインの言葉です。
私は、この言葉を知ったのは30代前半だったと思います。衝撃を受けましたが非常に納得しました。例えるなら、食べる物が一番わかりやすいと思います。ある家庭では、目玉焼きにしょうゆをかけて食べるのが常識で、しょうゆ以外はありえない!なんて思っています。しかし、ある家庭では目玉焼きには塩コショウで食べることが常識、塩コショウ以外ありえない!なんて常識の違う人が出会ったらお互いに非常識!なんて思うことでしょう。しかし、これ以外にも味付けの方法はたくさんありますので正解なんてあるわけもなく人の数ほどあります。結局は好みの問題ですので常識も非常識もないわけです。
それを踏まえた上で考えると上記に書いた定義に当てはまりません。
実際に私は最近会社の人とのやり取りの中でありました。『普通は○○でしょ?』と言われたので『あなたの普通は私にとって普通ではないので押し付けないでください』と冷静に返したら激怒しその後は、私をガン無視するようになりました。私はラッキーと思いました。その人は、人をコントロールしようとしているのがチラチラと見えていたのです。私は、そういう人とは関わりたくないのでそう思いました。
そして、このアインシュタインの言葉を知り色々と経験をし行きついたのが人の思考と行動を止める三大言葉の1つであると思いました。まだもう少し書きたい思いとあとの2つの言葉も書きたいところではありますが、長くなりますのでまたの機会にします。
考えに普通はなく人それぞれですので、惑わされることなく皆さんが心地よく過ごせますように・・・。