マダム・チャンの日常

マダム・チャンの日常

私が日常生活で思ったことや、かんじたことをこのブログに載せてみます。


 ユーモアが本当にユーモアとして
 存在するのは、
 それがこの人間の中に御大切心を
 導入する技術だからだと思います。

 人間を軽蔑するところに本当の
 ユーモアは存在しないと思います。


 偶然の積み重ねが、人生を構成して
 いるのでしょうか?

 いえいえ、人には偶然だと思われるコトは、
 実は、御大切様が必然として、
 人生に用意されていたと思うと、
 妙に有り難く思ってしまうのは、
 私だけでしょうか。


 自分が決して強者ではなく、
 ましてや、正義の人でも無く・・・

 本当は、イヤでケチな人間だと言う事実を
 自ら受け入れたところから、第二の人生が
 始まると思います。

 本当の自分は弱く、悪しき誘惑に負ける
 存在だと自認することで、他者の弱さに
 寄り添えるのではないでしょうか。

 その昔、私が中学生頃に、話題になっていると、聞いたことがあります。

 当時、若い外国人モデルが重宝されていたとか・・・

 で、そのモデルさんが2本線だったのが、衝撃的だったと・・・

 当時の日本人で同年齢の女の子なら、1本線が主流だったらしいのです。

 この差は、一体何に由来するのか?

 色々と激論が交わされたみたいです。

 そこで、明るみ成ったのが、白人女性は東洋人に比べた成長が遅いのが、原因らしい。

 そのため、未成熟な身体で成長して大きくなると、2本線になり、ある程度成長すると、1本線になると言うあたりで、決着したらしいです。

 ところが、その直後、一大ダイエットブームが日本にも到来して、食餌制限する女性が次々と現れた。

 その結果、日本でも、2本線になる女性が出現するコトになったらしいです。

 ん~、でも、こんなコトって、決して健康的と思えないです。

 やっぱり、日本人なら健康的でふくよかな1本線ですよ(^o^)/


via Mary Qin Note
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Ameba Ownd


 御大切様は、どこに居るのでしょう?

 砂漠や、荒野にいると、言われるけど、
 そんなコトは無いよ。

 幸いなる者の足元、不幸に打ち震える者の
 背後にたたずんでいると、思います。

 御大切様は、すぐ近くで、目立たない
 ところから、そっとた寄り添っていると、
 思います。


 ”正義”ってね、とってもデリケートだと
 思います。

 だって、立場が違うと、それって、正義では
 なくなるコトだってあると、思います。

 気を付けなきゃいけないのは、正義を
 振りかざす人だと思います。

 警戒すべきは、正義ではなく、正義を
 振りかざす人なんだと思います。


 若い頃は、気づいていなかったり、
 知らないまま年齢を重ねて、
 自分を形成するに当り、若い頃の
 経験や知識、人やモノとの出会いの
 数々があったコトを・・・

 その都度、目には見えなくとも
 確実に私を助ける存在がいると、
 思えてならない。


 人を信じるとは、その人が話す言葉を
 信じるだけでしょうか?

 その人の行動なんかも、信じるに足る
 モノはあるでしょう。

 要するに、人を総合的に判断して、
 信じているのだと思います。


 私は、正義を振りかざす人を疑います。

 ただの人間が、正義が自分にあると
 言えるほどに正しいのだろうか?

 私は、思うのですが、正義は御大切様の
 側にあって、それに我々人間が従うモノだと
 思っています。

 だからこそ、誤りも犯せば、勘違いもする
 人間に正義があると思えません。


 憎しむとは、他人を人間として
 取り扱うコトだから・・・

 大切心の裏返しが、憎しみなんでしょう。

 憎しみと大切心は、表裏一体で
 いつでも裏返ると思います。