1月1日
毎年その年の自分の目標を決めることにしています。
今年の目標は
「自己評価を低くしない」です。
そして、今朝ふと、
「なぜわたしは、ずっと自分の評価を低くしてきたのかなぁ?」と、自分に問いかけてみました。
思い返してみれば、子どもの頃から、「自分はダメな人間だ」「何もできない」「大人になったらどうやって生きていけばいいのだろう」そんな恐怖で眠れない夜もあったほどです。
思い返せば、その原因は「いつも母の存在」があったように感じます。
母は、わたしの目の前では一度もほめてくれたことがありませんでした。
ただ時おり、「〇〇さんがあなたのことほめていたわよ」と
これは本人が褒めるよりも効果がある方法で、
いま思えば母なりの賢さだったのかもしれません。
しかし、母自身の言葉では一度もほめられたことはなく、
小さな頃から
「それはダメ!」
「もっとこうしなさい」
という言葉が先に出る人でした。
大人になっても、実家に帰った時も、わたしの一挙手一投足に「そんなんではダメ!」
「もっとこうしなきゃ!」
と言われ、わたしは実家に行くたび
どこか緊張し、時には悲しくなったり、時には腹立たしくもなり実家を後にしたのを今でも覚えています。
母を安心させたい存在でいようと
日々がんばっていたのに
母の目の前にいるわたしは、どこか頼らなく、まだまだ足りないところだらけで、母の気に入らないところだらけのわたしでした。
会えば会うほど母の表情は心配や不満に満ちているように見えた時もありました。
わたしはずっと、
「母に心から安心してもらえる存在になりたい。
わたしの存在で母も幸せに笑っていられる人物になろう」
と思っていました。
でもその願いは叶わないまま、母はこの世を去りました。
お葬式の日。
わたしは皆が母の棺に花を入れているとき、
わたしは後ろの方でただそっと見守っていました。
「わたしには、母に花を入れる資格なんてはない」と、
なぜか自分で思っていたからです。
すると、義理の姉がそれに気づき、こう言ってくれました。
「お母さんは、誰よりもあなたのことを心配していたし、
いつも、誰よりもあなたの話をしていたのよ。」
と花をわたしの手に握らせてくれました。
それでも、立ち止まるわたしの背中を押して
棺の側まで連れて行ってくれました。
その言葉に導かれるように、わたしは母の顔のそばに花をそっと入れ、
最後にこう伝えました。
「お母さん、今までありがとうね。ゆっくり休んでね。
天国でお父さんと仲良くね。」
その瞬間、まわりの空気が一瞬止まったように感じました。
後になって知ったのは、
母は生前、わたしのいない場所でたくさんわたしの自慢をしていたということでした。
お葬式の時、近所の人も、知人も、生前の母の様子をわたしにやさしく話してくださいました。
――それなのに、母はわたしの目の前では一度もほめてくれなかった。
その矛盾に、わたしは長いあいだ苦しんでいました。
そして、今日は自らにヒプノセラピーをしました。
簡単な催眠深化法を行い
目の前に母がいると想像すると
母が目の前に来てくれました。
母は温かい笑顔の姿でした。
そして、こう言ってくれました。
「誰よりも人に優しく賢い女性になりましたね。
あなたは、わたしの自慢の娘だよ。」
ヒプノセラピーの中とは言え
わたしの胸の辺りがじんわりと温かくなり、
肩の力もふっと抜け、体が楽になりました。
今まで母に叱られるのではないか
と言う潜在意識によって、
わたしはカラダに力が入り続けていたのだと
初めて気がつきました。
そして、こう思いました。
母はとても不器用だったのかもしれない。
言葉にすることができなかったのだ。
母はわたしを愛していなかったのではない。
ただ「愛の伝え方」がわたしの望むものではなかっただけなのだと。
今年の目標
自己評価を下げない
そして、人に優しく、賢い人になります。
天国の母に自慢できる娘でいようと思います。
不動産の講習会に自分でお弁当作りました。
母が子どもの頃作ってくれたお弁当の味を思い出しながら
