私の3月11日
私の住む地域は震災から遠く離れ 何の被害もなかった場所です。それでも 3月11日は 私にとっては 忘れられない日となりました。震災の日は仕事でした。お母様の介護で疲れ体調を壊し 鬱になりかけのAさんの家で家事をしていました。当時は掃除や洗濯 料理をするよりも Aさんの愚痴を聞いたり 一緒に散歩に行ったり 病院に付き添ったりの仕事が主でした。その日も コタツに座って話を聞いていましたが たまたまTVをつけると 驚くようなニュースが飛び込んできて わかってはいても 現実とは思えないような映像がどこの局でも映し出されました。あっ これはいけないと思い すぐにTVを消しAさんの様子を見ました。青ざめた表情のAさんの背中をさすりました。次の年の3月11日。お嫁ちゃんが里帰り出産に我が家に来ていました。 朝から 何度もトイレに行っています。どうかあるのかなぁ?と心配していると 「お義母さん どうも陣痛みたい 。予定日まだまだ先なのに 大丈夫かな」 と言います。急いで病院に電話。入院の用意をして 連れて行きました。日曜日でした。集会があります。そんなのどうでもいいや。病室でお嫁ちゃんの背中をさすりました。1年前を思い出しました。Aさんはどうされてるかな 。今年はニュースを見れてるだろうか?去年は しばらくの間 韓国ドラマばかり見てもらった。病室のTVは どの局も震災の番組でした。お嫁ちゃんは陣痛で苦しんでいますが 私は背中や腰をさすりながら 複雑な思いでTVを見ていました。まだ 私の頭は半分くらいはお花畑でした。組織から離れた息子は 世の人と結婚し お嫁さんの面倒は私が見る事となり 何の因果か集会のある日 休んで去年と同じように 人の背中をさすっている。今日中に産まれるかな? 初産だから長引くかも。それにしても 集会がライフラインって何だろう。命の尊さに比べれば屁のようなもんだ。そうは思っても 何となく 集会を休んでる事に引っかかってる自分もいる。震災に遭われた方達は 今 どんな思いでおられるのか。お嫁ちゃんを励まし 腰をさすりながら ごちゃごちゃといろんな事を考えました。新しい命は お嫁ちゃんは 息子は楽園には入れないのか?私は入りたいのか?みんなをおいて。苦痛も嘆きも無くなる?息子家族が 夫がいなくても?誰と楽園に行きたいの?現実を前にして 自分が信じていたことが わからなくなりました。なんで集会 行ってるのかなあ。孫はその日に産まれました。忘れられない日となりました。3月11日に新しい命を授かったお母さん達は決して震災の日を忘れないでしょう。息子もすぐに休みを取って駆けつけました。孫が帰るまでの1ヶ月 集会は休みました。お世話するほうを選んだのです。楽しかったし 可愛かったですから。何度もJWから離れる機会があったのに なかなか離れなかった自分。アメブロを読んだ時 すぐに覚醒したと思っていたけど 私の中で 少しづつ 準備が出来ていたのかもしれません。そして 今 やっと 離れるのにふさわしい時がきたんですね。今 お花畑の仲間達も 何かのきっかけで 離れるその時を待っているかもしれません。きっと私のように 何となく 気づきながら それでも神を信じて 離れられずにいる人達に 早く その時が与えられますように。今年 初めて お誕生日のプレゼントを孫に送りました。これから 毎年送ることになるでしょう。毎年 震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに 大きくなる孫を見ながら いのちの大切さについて考える日になることと思います。