カルトを抜けたおばちゃんの日常
家政婦のおばちゃんとして毎週水曜日に行く仕事先のお家。玄関の靴箱の上にしめ縄が置いてありました。はや!まだクリスマスありますよ。去年は洋風の大きな花のついた玄関飾りだったけど 今年のは コテコテの和風なしめ飾りでした。ここの奥さんの好みって変わってるわ〜。クリスマスツリー私が出して飾ってあげたよね。去年もその前も。今年はどうするのかなぁ。考えていると 私の頭の中に賛美歌が流れはじめました。賛美の歌ではありません。クリスチャンでなくても多くの人が知っている 「主われを愛す」もう神様もイエス様も遠い存在になったと思っていましたが 今頃になって この歌の一番の歌詞が私の心をぐっとつかみます。主 われを愛す 主は強ければ われ弱くとも 恐れはあらじわが主 イエス わが主イエス わが主イエス 我を愛す。簡単な歌詞。だけど そうだよなぁ イエス様は私を愛してくださっているのだ。多分なんの信仰がなくても 私たちは神に愛される存在なのだと 都合の良いように解釈して その日一日中 賛美歌を歌っておりました。JWの時 昔の賛美の歌の中には好きなものがたくさんありました。新しい歌の本が来た時は(歌った時は)変な感じだなぁと思いました。あんなに何回も歌ったのに 今 一つも歌えない。そんな私でも 神様もイエス様も 八百万の神様も きっと私を愛してくださっている。そう勝手に思って残り少ない今年を頑張って行かなくちゃ!あちこちでオフ会が開かれるようで また楽しい時を多くの人が過ごすのかと思うと 嬉しい気持ちになります。これから年末にかけて 新しい仲間と 昔からの友達と あたたかな時間が過ごせますように。おばちゃんはお掃除頑張りま〜す。
季節がよいせいか JW引き寄せホルモン放出中だからか 毎日のように姉妹達が寄って来ます。N姉妹は数年前に大腸癌の手術をされたので どうしておられるか心配していましたが スーパーでご主人と買い物中に会いました。お見かけして そっと離れたのですが やっぱり見つかってしまいました。N姉妹は地元で輸血無しの手術を引き受けてくれる病院がなく隣の県にJWの医療チームが有ったそうなので そちらで手術をし やがて5年になると言われました。そうだったのか。当時は詳しい事を聞くのが悪いようで 何も知りませんでした。そして(聞きもしないけど)Y姉妹が同じ大腸癌になり 転移があるので もう手術はしないみたい N兄弟は前立腺癌で手術したけどだめで お腹を開けただけだったみたい 〇〇姉妹は…とあまりに続くので さすがに途中で話の腰を折らせてもらいました。現役時代から感じていた事ですが どうして人の病気の事を たいして関係ない人にペラペラ話すのでしょう。隠しても 大雑把なところは会衆内にすぐに広まります。私はとても嫌でした。もちろん援助をしたり祈ったりするためなのかもしれないけど どうなのかな。そんなところにもついていけなかったのかもしれない。N兄弟は無輸血の手術をしてくれる所を探し はるか遠くの県まで行かれたそうです。何だか時が止まっているようでした。信じているのだ。私がとっくに捨てたものを。あの兄弟もこの兄弟もあの姉妹も 帯状疱疹になって 一時期大変だったとも言われました。みんな若くないんですもの 疲れとストレスだよなぁ。自分の体を大切にする事 病気にあった病院を選ぶ事 そんな当たり前のことさえも あそこではできなかった。今も同じなんだ。何だかとても悲しかった。もっと どうにかできたはずなのに。前回のブログコメントで自然消滅はずっと名簿に名前が残ると言われました。それはいいんだけど(いや 本当はとても嫌ですが) 姉妹達が私に親近感を持ったままなのは これでいい んだろうか。話を聞きたくなければ 嫌な顔をして離れれば良いのかもしれないけれど ほとんどの姉妹達はストレスを抱え ともかく何かを喋りたいようにみえる。私は霊性の低い 弱った姉妹だが それでも排斥されてない人は喋れると言う組織の決まりを信じ 何だかたまったものを吐き出すようにみんなよく喋る。何かがどこかがおかしいと思っている人もいると思うのだが 自分ではわからないのだと思う。人それぞれの 時があるのだろう。今はただ 見守るだけなのかなあ。本当は こんなことは自分だけの心に留めておければいいのに 書いてしまう。主人にも友達にも話してもわからないと思うから ついわかってくれそうな場所に逃げてくるのです。私のストレスをここに置いて 明日 また元気に頑張ろう。
体が変われば 心が変わる心が変われば 毎日が変わる毎日が変われば人生が変わるある壁紙に上記の言葉が書いてありました。毎日が変われば人生が変わる…かな。週に2回も3回も王国会館に行っていた毎日をやめた。きっとそのまま続けていた毎日とは違う人生を歩いているはず。変えた毎日が辛くても 今までと違った道を選んだ自分を後悔していないなら きっと人生を楽しめるはず。運動をして 体を鍛え(あー痩せないのが悲しいゎ) 明るい気持ちになって 楽しい毎日を過ごし せめても自分の願う人生を歩みたい。1人でも多くの人が 鎖を解いて 毎日を変え人生が素敵なものになりますように。
近所のスーパーに買い物に行った。レジに向かう時 向こうからY兄弟が笑顔で近づいてきた。父母JW 一人息子。ほぼ生まれた時からの2世。元気でしたか?と爽やかな笑顔。好青年。こんなにいい顔してたかなぁ。私の事をどう思っているのだろう。一対一で話すのは 集会に行っていた時でさえあまりない。息子より3才年上。昔はもっと子どもぽかったけど(当たり前)今では本当に良い青年になったなぁ〜と思った。話し方とか 雰囲気が変わった気がした。「しもべになったので忙しくなったんです。」と満面の笑顔。すかさず 「すごいですね 大変ね」と返事をした。雰囲気が変わったのは 自信がついたからかな。知ってたけど 一人暮らしをしている話や 今 奉仕の帰りで 昼から集会だと言う話をしを笑顔で聞いた。充実している感じがわかった。父親は春に手術をしたそうだ。母親も持病を持っている。同じ会衆にいるので 別世帯でもきっと援助をしているだろう。彼もいろいろ苦労をしている。最後に 「○ちゃん(娘の事)も元気ですよね。暑いので気をつけてくださいね」と言ってくれた。レジをすませて 車に乗った。涙がとめどもなく流れた。彼の笑顔が私を泣かせた。オフ会の楽しい記事を最近読みすぎたせいだろうか。どうしてあげる事もできない自分が歯がゆい?彼はきっと今 幸せなのだ。人の幸せを泣くなんて…ごめんね。
あー暑い。この暑さの最中 ヒラ〜としたワンピース もしくはスカートはいて 大会に行かなくて良いのは祝福です。パチパチ。夏の大会に行かない四度目の夏。どうでも良い事ですが 集会に行かなくなって 一度もスカートをはいていません。いや一度だけ お葬式に黒いスカートをはきました。集会 奉仕に履いていたスカートは「 もらうー」と言ったKさんにあげました。残しているスカートは黒のみ。と言っても素材違い デザイン違いで何枚かありますので 困りません。服を片付ける時 ちょっと悩みましたが 思い切って処分したおかげで何を着るか迷わなくなりました。今はズボンでもおしゃれできますし きちんとした場でもオッケーですからね。服のデザインだけでなく 布地にさえ流行りがあるのに 気に もせず JWルックを着ていたなぁと思うと恥ずかしい気もし ますが 今もおしゃれでもなくセンスもないのですから 対して変わらないかも。ただ 自分の落ち着く服が着れるのは ストレスが減りますね。暑いと特に。片付け上手な方がTVで 「人が管理できる服は100枚前後」と言っていました。持ってないようで 着てない服があちこちにあります。ズボンだけの日常にちっとも困らないのですから 今度は 全体的に100枚を目指して片付けていきましょう。物のように片付いた!とわかれば良いのですが 心の方は まだスッキリいかない時もあります。もう四年目の夏。 まだまだ四年目。研究生だった頃 バプテスマを受けた姉妹が引き続き司会者から援助を受けているのを見て「なぜ まだ研究するのですか?」と聞いた事があります。「円熟していくために必要」と言われましたが 辞めてからは もっともっと援助が必要ですよね。最近オフ会の記事を読む度に嬉しくなります。JWから離れても 分かり合える人達がいると言うのは心強いなと思います。心の傷が薄くなるのは人によって 違いますから 多くの援助を受けて少しでも楽しい生活がおくれたら良いなと思います。明日からは8月です。暑い夏 楽しんでいきましょう。
久しぶりに 趣味の仲間が集まっているギャラリーに行きました。気の合う人が多いので 話は盛り上がり 笑いが絶えず 楽しかったです。でも 同じ趣味を持っていても気の合わない人もいます。同じものに向かって努力したり 楽しんでいたりしても 人はそれぞれで 合う人もいれば 合わない人もいるのは当然です。神様を信じていると言う御旗のもとに集まったとしても 人はいろいろ。神様を抜いてしまったら 本当に気の合う人は誰だったのだろう。気の合う人がいたのかすらも 今はわからない。長老家族ともめて 会衆を移動し ついには離れた田中さん(仮名) 。お互い自然消滅中だけど 道であっても軽く挨拶をするくらい。姉妹と呼び合っていた時から 何となく気が合わないのはわかっていた。JWを離れたところは 一緒だけど理由も違うし 今や私達の間に神がいなければ ただの知り合い程度。私はじっくり話してみたいのだけど 向こうにその気がないのが会話でわかる。組織を信じたまま残っている姉妹達とは うわべ上は話せても 心から笑い合う事は出来ない。と言う事は気の合う人じゃないって事か?いやいや 気は合うんだけど…うーん やっぱり合わないのかな。JWでも元JWでも 1世でも2世でも 男でも女でも どんな仕事をしていても 相性の良い人っていますよね。今週末は 大きなオフ会があるようで 良いですねぇ。みなさん楽しまれますように。自分に合う人と出逢えますように。友人はミスチルのライブに行くそうです。私だって うーんと楽しい土曜日にするぞ〜。きっと暑くて 家でゴロゴロだな(笑)
今日は家政婦のおばばちゃんの話しです。水曜の仕事先は通い始めて6年。ご主人さんは70才 奥さんはちょっと年下。元々奥さんの方が資産家でお金持ち。ご主人は地位と名誉のある方ですが やっぱ 家の中ではお金がモノを言うのですかねぇ。断然奥さんが強い。性格かな。物を買うのも捨てるのも 決定権は奥さんです。先日ひと冬だけ使った今治タオルのタオルケットを洗濯しようと思ったら 奥さんが捨てて下さいと言われました。えっ ご主人さんがパソコンする時ひざ掛けに使っておられたのになぜ?多分貰い物だったので自分の好みではない。ゆえに 気に入らない。新しくても 高い物でも捨てる。何事もこんな調子です。こんなに物を捨てれる奥さんを他に知りません。ご主人さんは捨てたくなさそうだけど 奥さんが捨てると決めた物は捨てねばならないのです。もったい無いので ワンコが生きている時は もらって来ていました。いただいてもいいですか?と聞く私に ありがとう 持って行ってもらうと助かるわ〜と どんどん物を下さる奥さん。我が家のワンコはセリーヌの肌掛け布団に寝てました 。ご主人さんは あんな人を「謙遜な方」と言うんだろうな と思うようなかたです。私にちっとも威張らず いつも自分がコーヒーを飲む時は 私の分も入れて下さいます。ゴミ出しも 冷蔵庫の掃除も 洗面所のタオルの整理も 手伝って下さるので ありがたいです。正直 何を捨てても気にしない奥さんですが 一応 冷蔵庫の期限切れをご主人さんが捨てて下さると たすかります。私が掃除機をかけると パソコンの前から テーブルの方に勝手に移動して下さるし いつも静かに新聞を読んだりドイツ語の勉強をしておられます。地位も名誉もあって 私に威張りまくって良い立場なのに 今までの自分が何者でもないように 普通のおじちゃんをしておられます。家の中ではステテコ姿ですが お出かけの時は バッチリ決めた外姿です。そして綺麗でワガママな奥様を愛しておられる。とても良い職場なのです。
幸せって何かな?と考えると どうしても さんまさんの ♩幸せって何だっけ 何だっけ〜♪の歌が頭に浮かんでくる私。(若い人にはわからないだろうなぁ)Yちゃんの強さに圧倒された 今日のメール。私のブログに時々出てくるYちゃん。排斥された二世の女の子。いや もう二児の母だ。「男の子を産みました。名前は〇〇です。母子共に元気です」と約束通り連絡をくれた。母子家庭 。上の子は戸籍に父親の名前があるが 生まれた子はどうなるかわからない。決して彼女が ふしだらだからではないのだが これから大変だろう。4月に会った時 上の子が小学校に行き始めた嬉しさを 明るい笑顔で話してくれた。もちろんお腹の子どもを見る周りの噂や職場での事や JW母親の事も。悲愴感のない彼女に 子どもを育てていく強さを感じた。お金の計算 産後の仕事の事 きっちり考えていた。何度も泣いた夜があっただろう。JW母は何とか話してくれるが 団地の駐車場で会っても姉妹達には無視される。でも彼女にはそんな事はどうでも良いのだ。私の息子の事を〇ちゃんと呼ぶ。近況を話すと 〇ちゃんもお父さんなんですね と喜んでくれる。苦労したぶん大人だねぇ。考えたけど やっぱり出産祝いはお金だな。お嫁ちゃんに 孫っちのお下がりいらないのちょうだいーと言ってるから 物品も調達できそう。今 探してくれている。引っ越し荷物の段ボールがまだ開いてない(もう引っ越してきて2ヶ月たちましたよー)。さすが行き当たりばったりタイプ(笑)Yちゃんは幸せかな。きっと幸せね。もう赤ちゃんの名前だって決まっている。退院したらちょくちょく惣菜を作って見に行こう。Yちゃんと赤ちゃんの笑顔に早く会いたいな。
最近のアクセス数は15とか17とか30です。時々は一桁の時もありますので平均が20ぐらいで 先日アメブロのトラブルでゼロになった時はびっくりしましたが あーついにゼロになったか〜とあまり驚きませんでした。私のブログを読んでおられる方 ありがとうございます。いいねを押して下さってありがとうございます。私がブログを書き始めた頃 いいねをつけて下さった方 コメントを下さった方々 お元気でしょうか。多くの方がもうアメブロから卒業されてますし おられても記事を書いておられない方が多い中 私って凄いなぁ まだ書いてるし と最近では思うようになりました(笑)何度も辞めようと思いましたが 急に書きたくなるんですよね。辞めようと思った理由もその時々で様々です。子供たちを傷つけてきたことを知った時 ブログの中のあちこちで 揉め事が起きた時(情報に疎いので 何が起こっているの かわからないこともあれば わかって嫌になる事もあったり) 自分と他のブロガーさんを比べて落ち込んでみたり 自分みたいなおばちゃん1世がブログを書いてもいいのかと思ってみたり あげればきりがありません。でもおばちゃんは図々しくて 何でもすぐに忘れる人種ですので 何だか調子のいい時は どうでもいい事を書きたくなってしまうのです。まあ いいか などと思いながら。 私は会衆の中で嫌なことはあっても 今 傷として残っているものはありません。会衆の皆さんを嫌いだと思わないのはそのためかもしれません。傷つけられるほど 人と関わりを持てなかったのかな。あの中にいても やっぱり私にとっては家族が一番でした。反対する夫 集会に来なくなった息子 世話のかかる娘。家族の幸せのために勉強したかったから 人にではなく教えに傷ついてきたように思います。でもそれも だんだん遠い事になってきました。JWブログに関わらず 多くの人がブログを書き 心をさらけ出す事で 人を励まし 励まされ 仲間や友を作っておられます。良い事ばかりではないかもしれませんが まだたまには書きたくなる気持ちがあるうちは 組織から離れた1人のおばちゃんとして ヘンテコな日常を描いていきたいなぁと思います。それから もうたまにしかブログを書かないのに読者になったり いいねを下さる 新しいブロガーさん ごめんなさい あまり訪問できなくて。時間のある時読ませていただきますね。そろそろ雨が強く降る時期になりました。皆さんの周りで ひどい自然災害がありませんように。
ぐるガメでランキングを更新しました!本日51位!今回のスコア24,780点孫に教えられ ゲームをしています。ついにランキングに入りました。主人に話すと お前が入るなんて よっぽど下手な人ばかりしてるゲームだなぁ と返事されてしまいました。そうなのかな?そうよね 簡単ゲームだもんね。きっと私のような初心者が楽しんでいるのかもしれない。でも嬉しい(^ ^)先日初めてメルカリで お買い物しました。キャー鈍臭くてとろい私が ネットでゲームに買い物。すごいわ〜ハハハ。
今日は孫の幼稚園の日曜参観でした。昔で言うところの父親参観です。孫は息子が通った幼稚園に行っています。5月という中途半端な時期の入園ですから 行く所があるのかしら?と思っていたら 引き受けて下さいました。校区内の子供達もたくさん通っているようなので 一安心です。子供たちが幼稚園時代 私はまだJWとは無関係でした。でも主人は仕事が忙しく 父親参観に一緒に言った記憶がありません。山田さん(仮名)と仲が良かったのは 行事に来れない夫を持つ妻同士 馬があったのかもしれません。お嫁さんと一緒に約25年ぶりに幼稚園の門をくぐりました。園庭は昔のままで 懐かしさが込み上げました。ビデオカメラを持ったお父さん達がいっぱいいました。みんな元気にラーメン体操という笑えそうな体操をしていました。小さい子大きい子 沢山の子どもを見ていると 可愛くて可愛くて 一週間気力を失っていた私に元気が注入されていきました。ありがとうね。素直に子どもの成長を見守れるのはなんて幸せなことでしょう。信仰は自由ですが 多くの姉妹達も こんな元気をもらえたら 幸せな高齢者が増えるのに と残念に思いました。
昨年末 叔母は老人性の鬱病にかかりました。叔母は70代ですがその歳になるまで元気で 病気らしい病気もせず 入院もした事がなかったので うつにかかった自分の症状が 隠れた大きな病気のサインだと思いあちこちの病院を受診し あらゆる精密検査して どうもないと言われ やっと 心療内科を受診してくれました。その間 手足が痺れる 呼吸が苦しい きつくて起き上がれないと言っては救急車を何度も呼び 子どもがいないため 私が夜の病院に呼び出されました。近くにいる いつも叔母夫婦の世話をしている従兄弟は 叔母の病院通いに呆れ果てたようでした。元気ハツラツだった叔母のあまりの変わりように 人の心はこうも体を支配しているのかと 驚きとともに 年をとることの難しさも感じました。嘆きも悲しみもなくなり 全てのものは新しくなるとの信仰をついに持てなかった私は 死と言う初体験に向かって心を整えていかなくてはいけません。復活や楽園を心から信じることのできている姉妹たちは 全ての悩みを 楽園に行けば…で処理する事ができ ある意味 叔母のように年齢からくる不安に惑わされずにすむのかもしれません。今週は鼻ずまりがひどく 風邪薬を飲んだら 眠くて眠くてたまらず この眠いのは薬からなのか 私は鬱になったんじゃないかと思う程 ベッドから起き上がれず 上記のような事をグルグルと考えた一週間でした。JWから離れて感じる悩み。今まで考えてこなかった事を考えねばならないのは 時々怖くなります。病気になっても 今までは長老の言う事を聞く エホバが喜ばれるような決定をする という道がありましたが 今は自由に治療を選べ考える事ができます。年をとると 叔母がそうであったように 道が広いと どれを選んで良いかわからずパニックになります。そうならないように これからよく考え 自分で決めていく練習をしないといけませんね。元気になると 明日は何をしようかな?と考えるのが楽しみになります。心の元気 本当に大切ですね。皆さんの心も元気でありますように。
4月の末に近所に引っ越して来た息子夫婦。息子は単身赴任で 出て行っちゃったけど 孫 5歳男の子が 毎日のように幼稚園帰りに我が家にやって来ます。今日は小さな手で 「ばあちゃん パーンチ」と私の肩を叩くので 「あっ 痛い痛い」と泣き真似すると心配そうに 「ばあちゃん ごめんね」と言いました。ある2世の方とメッセージのやり取りをした時 「親から足りないところばかり探された」と言われたことが心に残りました。もし私がJWのままだったら ばあちゃんにパンチなんて 謙遜さが足りないとか 落ち着きがないとか 従順さがないとか 足りないところばかりを探したかしら。当たり前のように すぐに膝に乗って「サイコロゲームしようね」と言う孫に 不思議な存在だなぁとおもうのです。5年間 年に一度か二度しか会ってこなかった大人なのに 「ばあちゃん」だから パンチもすれば 甘えて抱っこもせがみ 一緒におやつを分けて食べたりもしてくれる。お母さんから 「もう夕方だから帰るよ」と言われても 「いや!じいちゃんといる」と言う孫は なぜに私たちを信頼してくれるのか。それが祖父母と言うものだかでしょうか。こんなにも素直に愛を示す子の愛おしさを なぜ忘れてしまうのでしょう。「終わりの日には 自然の情愛を持たないもの…」か。「のび太とおばあちゃん 」おばあちゃんはとっても優しくて のび太がどんなにわがままを言っても怒らない。昔 TVで見た時はあんまり好きじゃなかったけど今ではおばあちゃんの気持ちがわかるようになりました。JWのままでも おばあちゃんになりさえすればば 孫を可愛く思ったかな。毎日かくれんぼをしたり お絵描きしたり 鍛えられています。生命のパワーをたくさんもらって 膝の重さに幸せを感じるこの頃です。
今日は 自分が更年期障害になったらどうしようと心配ばかりしていたら(なってもいないのに)主人の方が 先に具合が悪くなったというわが家の話しです。50歳に入った頃かなぁ 仕事のトラブルで かなりストレスを抱えた主人は 眠れなくなり 昼夜逆転 食欲不振で体調も悪く 自分の部屋に引きこもるようになりました。しばらく様子を見ていたものの これは鬱なのか本当に体が悪いのか ともかく病院に行こうと やっとの事で 話し合い どこでもいいや 近所の評判の良い内科に行こう…で 重たいお尻の主人をなんとか連れて行きました。なんのことはない 立派な高血圧と糖尿病でした。もちろんストレスによる男性ホルモンの低下やらなんやらありましたが 夫婦で食事指導を受け 当時元気だったワンコと散歩をし 規則正しい生活に戻した所 3ヶ月程で すっかり元気になった主人。良かったですね〜 で終わる所なのですが。当時JWだった私は 主人が具合が悪く 引きこもっていることを奉仕の時にH姉妹にだけ話しました。その後治療して元気になった事も話したつもりだったのですが H姉妹の中では 夫は鬱で仕事もせず おばばちゃん姉妹が生活を担っていると変換されたらしく いつも同情的でした。なんかおかしいな?と思ってはいたのですが はっきりと 姉妹が誤解していると知ったのは 組織を離れてからだったのです。集会に来なくなった私を訪問してくれる中で 姉妹はご主人の事も 娘さんの事も大変だからと言われ やっと かなり主人は変な奴になっている事を知りました。そうか おばばちゃん姉妹は 憐れむべき姉妹なんだ。自分たちより悲惨な姉妹が 今 組織から離れ落ちようとしている。まあ それでも良いですけどね。H姉妹の元から 他の姉妹達へ 主人の事は どう変換されて行ったのかわかりませんが みんなが私に手を振る理由がよくわかりました。わかるの遅すぎ!きっと 私が集会に行かなくなった事で 昔々の事を引っ張り出して 娘さんがこうで ああで 大変なんだっていや ご主人のほうが大変みたいよ〜と言われているんだろうな。ぷっ。あなた ごめんなさいね。JW現役の時は 反対のひどい夫で 今や鬱で妻に迷惑かけてる夫になってるみたいで。どうでもいいですよね。気にしないタイプだから 黙ってます。ごめーん。
やっとと言うか 遂にと言うか…息子とJWについての話しをしました。正直 拍子抜けするくらい 彼の中でJWは遠い世界になっていると感じました。たまたま 今の彼にとっては JWの事より これから海外で働く事 残していく妻と息子の事 私と夫に頼まなければいけない事などで頭がいっぱいで 母がJWを辞めた事 自分がその中にいた事など もうどうでも良いようでした。「お母さん 僕は今楽しくやっているし お母さんの事ちっとも恨んでないからね」と言ってくれました。なぜ 子どもたちを連れて集会に行ったのか 当時の話しをしたかったけど 今は聞く気持ちのない息子にあれこれ話す必要もないかと思いました。それより 子どもの躾について主人から言われて息子が気にしていた事について お互いの気持ちを話し合いました。主人は働き盛りの頃 子育てにほとんど関わらなかった時期があり それは私について子どもたちが集会に行ったためでもありました。集会参加に反対したものの気づけば父親に従順な良い息子が出来上がっていて 子育てに苦労しなかった父親は 今頃 孫の態度に敏感で…お嫁さんの子育てを応援して欲しいと言う息子の気持ちのとうり 余計な口出しをせず 上手に見守れるジジとババにならなければいけませんね。夫を嫌われる舅にしないようにしないと。困ったもんで けっこうお喋りなんですよね主人は。お喋りは私も一緒か。振り返ると やっぱり私はコンティ裁判の記事をアメブロで読んだ時 もうここを一刻も早く出なければ!と思ったのですが 息子にその事や今の組織の様子やら話しても 話しも弾まない段階に来ているのだと思いました。息子が今を生きているのなら 私も後悔することなくこれからを生きていこうと思いました。本当は文句の一つも言いたかったであろう息子に感謝しています。
ロシアでのJWニュースをあちこちで読んだ朝 姉妹達を見ました。変わらぬ奉仕風景。私はどうしてあそこから出てくることができたんだろう。ネットの神様が私を引っ張ってくれた。感謝。今週元JW2世のYちゃんの家に遊びに行きました。排斥され組織を離れてもう10年。小さい時から綺麗なお嬢さんだったけど 今も変わらぬまま。いろんな事があった10年だっただろうけど。結婚し他県に暮らしたものの 夫のDVで子どもを抱いて家を出てパジャマのまま警察に保護された。実家に電話する警官を見ながらもし母親がYちゃんの事を知らないと答えたら シェルターに逃げるしかないと思っていたそうだ。YちゃんのJW母は夜中に迎えに来てくれた。兄もバプテスマを受けていたが 家を出て自然消滅 弟も離れ JWなのは母だけ。今回会う約束をする電話の時 たまたまJW母が近くにいたそうで 電話口から漏れ出る私の声に 「あれ おばばちゃん? 電話番号知ってるの? なんで?おばばちゃん元気なのかな?」と聞かれたそう。「上手にごまかしましたけど 電話する仲だと言うのはばれちゃいました。」と笑うYちゃん。いいよ ばれたって。何にも悪いことしてないし。JW母はよくネットで買い物するそうだ。「えっ 買い物も良いけど ちょっと違う情報を読んでくれると良いのにね。」と言うと 「母は若い時私達を産んで ずっとJWだから もう抜けるのは無理だと思います。友達もいないし 」いやいや あなたのお母さん 私より5歳も若いのよ。もし今JW離れても新しい生活できると思うけどな と心で思ったけど そうね と答えました。私はなんで 抜けれたのかなぁ。良かった。お花畑頭だったのに 奇跡のようだ。Yちゃんのお母さん どうして抜けようと思わないのかな。それは私が抜けたから 抜けない人を不思議だと思うだけね。私もきっと あーもう組織を抜けて10年もたっちゃった。早いな〜と思う日が くるんだろうな。その時 「良かったね。組織を離れて。」と一緒に喋れる会衆の姉妹が1人でもいたらいいなぁ。
7回目の挑戦で この4月から小学校の先生になった彼は集会に行かなくなって1年弱の2世。凄いな 頑張ったのね。今まで合格できなかったのに 集会に行かなくなって 合格できるなんて どの神様のおかげなのかしら。いいえ 神様じゃなくて 本人の努力ですよね。これから 子どもたちと大変でしょう。いや 職場の人間関係の方が大変かしら。応援しています。新しい生活を楽しめますように。我が家は息子の海外転勤で 一緒に行かないお嫁さんと孫がすぐ近くに引っ越して来ます。ついて行かないの?と聞いたら 一応2年の転勤なので 我が家の近くに残ると夫婦で決めたようで それならそれで良いけどね。思った以上に 主人が喜んでいて孫の世話を楽しみにしているようです。私も姑として人間磨きをしなくっちゃ。JWを離れた母に 安心して嫁と子どもを任せてくれる息子のためにも。
我が家に来て姉の文句を言うYさん。しかたない この話は Yさんのどの友達よりも私が聞くしかないのだ。Yさんの姉さんはJWと研究を初めて7年目。53歳 小学校の先生だった。当然仕事をしていた時はJWの訪問に「忙しいから」と相手をしてなかったそうだが 母親の介護で仕事を辞めた頃から 熱心に聞き始め あと一歩で水没しそうな勢いだそうです。学校の先生であれば 2世の子供達を見た事があるでしょうし ある程度 どんな宗教だったか知っていそうな気がしますが 今更 この年で熱心に研究するとはどんな事があったのでしょう。訪問している姉妹と相当気があったのかなあ。Yさんは 宗教するのは勝手だけど 母の三回忌までは2人できちんとしようと約束したのに 「もう 四十九日の集まりすらこず 訳のわからないいいわけの手紙を三枚も書いてきましたよ。もう三年忌もできそうにありません」とがっかりしていました。Yさんの法事がらみの愚痴を聞きながら 主人も同じような事言っていたな きっとどんなにか嫌な思いをさせてきただろうと心が痛みました。「どうして たった封筒に(香典等の)名前を書くのがダメなんですか?」と聞かれると 説明はできるけど 理解はしてもらえないだろうから そんなもんなのよ と答えるしかありませんでした。お姉さんの気持ちもよくわかります。バプテスマを目前にご自分では 一生懸命戦っておられるのでしょう。(いったい何と?)Yさんは 「私はどうでもいいんですけどね。被害を受けるのは義兄さんでしょ。義兄さんが甘いんですよ。あんまり夢中にならないように言ってます ってもう夢中になってるでしょ!これから子供達も結婚するのに。ブツブツ…」黙って聞くしかない。わかる わかると時々相槌打ちながら。身内がJWになるのを止められない いや 自由だけどさ と言いながら 複雑な思いのYさんの話を 当分は時々聞いて 息抜きさせてあげられれば良いけど 何の役にもたってあげれなくて…どうぞお姉さん 研究生で引き戻して下さいね と願うばかりです。
♪望むように生きて 輝く未来を…平原綾香さんのジュピター最後の部分。新年度の始まりや 新年を迎えた時 息子の生活に変化があった時など いつもの思い出す言葉。先日Yさんから「今年で50歳になるんです。これからどんなふうに生きていこうか迷います」と壮大な悩み相談を受けました。うんうんと聞きながら そう言えば 私も50歳になった時 肉体の棘と共にどう生きていこうか考えたっけ。体力にも健康にも 自信がない私は昨年末 仕事をぐっと減らし思い切って 自分のやりたい事を思いっきりしてみる事にしました。思いがけず どんどん自分の望むような生活がおくれるようになり 不思議な感じです。私の未来はあと少しかもしれない。そう思うと 他の人からみたら小さな小さな挑戦だけど やってみようと思いました。そう言いながら100才まで生きるかもしれませんが(笑)年をとったからこそ挑戦できる事もあると感激しつつ実際は自分が変わる事は 年齢に関係ないのかもしれないと思いました。それでも 若い人には ♪ 望むように生きて 輝く未来を!と思います。私も超のんびりだけど やりたいと思う事を おじけずにやっていきたいです。
記念式のパンフレット配りのためか 昨日に引き続きJWの皆様とたくさん会いました。姉妹達が動くような時間に 自転車でノロノロ買い物に行ったので 会うのはしかたありません。車の中から私を見つけ 「おばばちゃんー」と 中に乗ってる皆さんで 一斉に手を振られました。あ〜ハイハイ 私も手を振り返しました。何だかみんなに手を振られてスター気分。勘違い野郎だとわかっていますが 私もここまで来たかーと感慨ひとしお。大げさか。集会に行かなくなったばかりの頃は みんなと会うのも何だか怖くて 嫌でいろんな思いがあったけど 今では手を振られていい気分。逆証言しても 心を閉ざされどうして私の思いが伝わらないのか!と歯痒い思いをした日々が 時間と共に変わっていきます。しばらく会わないと JWの人か ただの知ってる人か ごっちゃになるようになりました。おとぼけてる頭で良かったです。研究生の頃に記念式の話しに涙した日は もう遠い昔になりました。あの頃の話は良かったけどなぁ。桜の花も咲き始めました。楽しい春になりますように。