カルトを抜けたおばちゃんの日常
お久しぶりです。King Gnuにどハマり中のおばばです。adoちゃんの踊を聞きながら家事のスタートをきっています。真面目に引きこもり生活をしていますが さすがにあきてきました。T姉妹からの電話に出たために 記念式の話しを聞かされその後無視していたら お手紙が来るようになりました。長老からも操作はおしえにきますので 集会に参加しませんか のお手紙。近く巡回訪問?があるようで また姉妹達からの電話が来ます。パスです。T姉妹と話した時 二世の結婚を3組聞きました。みんな仲良くしていたので ある意味ショックでした。もちろん二世同士の結婚で 1人は40歳後半国際大会で知り合った外国の兄弟の元に嫁いで行ったそうです。あのSちゃんが…大丈夫だろうか。後の2組は近隣の会衆のようですが コロナ禍で生活できていけてるのか 心配になりました。私が心配してもどうにもなりませんけどね。Y兄弟の「僕になったんです」と組織から離れた私にスーパーで会った時 教えてくれた眩いばかりの笑顔を思い出すたび 何も知らず 二世同士の結婚を楽しめた方が良いじゃないかと思ったり 疑問に思わないはずないと思うけど 蓋をしながら JWしてるのかなぁと思ったり …しゅんです。♪僕らの人生が三文小説だとしても 投げ売るきはないね 何度でもかきなおすよ♪上書き 上書き バージョンアップ できるでしょうか?病院の先生から 以前は更年期とストレスですねと言われた症状が今や老齢とストレスですね。と言われるようになったけど 頑張ります。平井堅さんのmv見て サタンだわーと思わなくなったから ちょっとは進歩したかな。
二週間程前 長老がやって来ました。今夕食の準備でバタバタしてますので…と断ったら 後でまた来ますと言って 1時間程後に来ました。あれ?家から家の奉仕がはじまったのかな?と思いましたが 不活発者の訪問でしょうか。「日曜の夕方は娘もいて忙しいです。」断りました。すると 普通の日の昼間 またやって来ました。丁度電話中だったので主人が玄関に出て「何の用ですか 電話してる」と言ったら帰っていきました。主人から もういい加減二度と来るな!と言ってもいいか?と聞かれました。もう辞めたんだから来るな!と言いたい そうです。そりゃあそうだろうなぁ。私が組織にいる時から 家の前を歩くJWを見ると 水をかけられないだけ ましと思え!と長老に言ってたもんね。あなた 見かけも怖いのよ。お昼に電話がありました。先日訪問してくれた長老でした。ネットでの集会参加も電話もお断りしました。嫌いな人ではないので 普通に話しました。会衆の皆さんの話の後「73歳になりました。あとどのくらい生きられるでしょうかね」と言われました。たとえ100まで生きても楽園は来ませんよ と言いたかったけど お元気でいて下さいねと言って 電話を切りました。2014年7月に集会に行くのを辞めました。7月が来るたびに 一年を振り返ります。当時アメブロを昼も夜も眠れない程 読んだ日々を思い出します。今 JW系ブログを覗こうと思わない自分にビックリします。あなた ごめんなさいね。二度と来るな!と言いたくても コロナだし みんな年だし あんまり来る人いないから 言う機会は無いかも。変化していく世の中を宗教を離れて生きる事ができて 良かったなあと思っています。
JWだった頃 悩みや問題が起きても「きっとエホバが演壇や書籍を通して またはいろんな方法で 答えを与えて下さる」と何度も言われたり聞いたりしました。今日 私は楽しく気の合う人達とお喋りをしたのですが 引っかかる事があり ちょっとモヤモヤした気持ちでした。でも ちゃんと なぜそう思うのか またそれはこう考えればいいと言う解決方法をある方のブログの中からあたえられました。感謝です。スッキリして寝られます。きっと 昨日近所の大きな神社に遅まきながらお参りに行ったからかもしれない(笑)神様を信じる信じないに関わらず 答えはどこからでも与えられると 組織を離れて つくづく感じます。昔はたまたま エホバに祈ったら解決策が与えられた事がありましたが 今は祈らなくても 求めていれば 与えられるとわかります。悩みや 心配事がなくなることはないけれど その時々で きっと楽になる方法はあります。そして 今の方が 与えられた考え方に 心が穏やかにしたがうことができます。良かった良かった。
お嫁さんがAmazonに注文。我が家に届く孫のクリスマスプレゼント。24日に孫が取りに来る。ありがとう 婆ちゃん! すぐに包みを開けて喜ぶ顔が可愛い。お嫁さんに 「婆ちゃんからママにもプレゼントね。」と言ってこっそりお金を渡す。お菓子が入った袋を興味深々で覗く孫。「えっ ママのお金入ってる」「お母さんお金多いですよ。」「あれ その値段じゃなかった?じゃあ多い分は お年玉ね。」孫はちゃんと聞いていてニコニコ顔。今月はお嫁さんの誕生月で プレゼントしたかったが 「欲しいものはないので 美味しいもの食べに連れて行ってください」と言う事で 一緒にランチに行った。12月 我が家の諭吉は見張っているのにすぐに脱走する。野口さんになって帰って来ても またすぐどこかへ脱走する。レシートだけが残された財布の整理をしながら 大好きな人達のためにお金を使えるのは嬉しいなと思う。お歳暮も仕事上 義理で と言うことも終わり 本当にお世話になった大切な方達に贈れる年齢になった。いつか脱走した諭吉も帰ってくるよね。今月は 仕事も頑張ったし。息子に感謝している事は 私より早く組織を抜けてくれたこと。私に姑の立場をくれた事。息子が集会に来なくなった時結婚した時泣いて悩んで 悩んで 泣いたあの時は 一体なんだったんだと思う。子どもに教えられ 今の穏やかな12月を感謝している。
18時ともなるとすっかり暗くなる。久しぶりに その時間に近所のスーパーに買い物。初めて この場所での 立ってるだけの奉仕者を見た。ごめんなさい。忘れちゃった。なんて言うんだっけ。スタンド奉仕?40代の兄弟が一人で 並べた雑誌の横に立っていた。高校生の時 集会が嫌だって 妹とお母さん姉妹に無理やり連れてこられてたよね。でもそのうち来なくなって もう辞めたのかな?と思ったら 復活してバプテスマ受けた。妹も就職して他県に行って すっかり世の人になってたのに 戻って来て張り切って開拓者になり あっという間に長老と結婚した。あー二世って素晴らしいわ! と昔の私は思っていました。でも 不思議でした。どうして戻ってこれるんだろうと。息子が集会に来なくなった時 私は絶対息子は帰ってこないだろうと思っていました。自信があった と言うもの変ですが。それで良いと思っている自分がいました。戻ってくる二世の親は私なんかとは信仰が違うんだろうな と思っていました。家庭も環境も様々ですし 二世でもそれぞれでしょう。当時は何も知らなかったし 子ども達の事 知ろうともしなかった。夕暮れ時に1人 誰も寄ってこない寒さの中で彼は何を考えて立っているのかしら。結婚して お嫁さんが(もちろん姉妹)具合が悪い時 夕食持って行ったことや 仕事が決まらず やっとパートの配達員になれた時一緒に喜んだ事を思い出しました。 熱心に奉仕する姿とは裏腹に 悪い話もたくさん聞いた。子どもはいない。近頃 僕になった(一度おりてヒラになってた)と聞いて ますます熱心に頑張っているんだなぁと思って 複雑な気持ちでした。彼の人生ですから 何か言えるわけじゃないですけど。ふと ♪夕暮れ時は寂しそう とっても1人じゃいられない ♪と言う古〜いフォークソング?を思い出し なんだかな と思いながら買い物から帰ったのでした。
隣家に姉妹の誰かが再訪問しているようだ。我が家に来たA姉妹が 「お隣さん 〇〇ですって。子どもさんが〇〇で うんたらかんたら…」いろいろ喋る。私もそうだったのかな。恥ずかしい。お隣さんとは家族で仲良くしているので 聖書研究でもしているのかと思って聞いてみた。お隣さんは 引っ越して来て2年ほど。普段は仕事でいないので 休みの日に訪問者が来るらしい。「いや 何度か来られるんですけど 何の目的で来てるのかわからないんです。何なんでしょう」と疑問符だらけの返事をされた。アラフォーだと思うが エホバの証人について何も知らないようだった。「訪問者は感じの良い人ばかりと思いますが 家庭の事を話すと情報がみんなに知られるので 個人的な事は話さない方がいいですよ」「断りたいのですが そう言ってもいいんですか?」「もし 聖書研究をしたいとか 宗教に興味があるなら別ですが 訪問を困っておられるなら 忙しいので結構です と言われていいんですよ。はっきり断られていいと思います」「良かったです。どうしたらいいか 来られるのが 何なのかわからず 困っていたんです」お節介だっただろうか?誰ぞやの再訪問先を潰してしまったが 組織についてのひどい話は何もせず 訪問者の悪口を言ったわけでもないのでいいでしょう。昔は家の人もよく話してくれたなぁ。 子供達にお菓子をくれる人もいたし。今は家から家の奉仕は難しいでしょう。それでも喜びを感じ歩く人達の気持ちもわかる。人はいろいろ。私は自分の毎日を頑張ろう!もう月曜日。1週間 元気で動けますように。
学生の頃の話です。「彼は私の事が大好きなの。でも君にはもっとふさわしい相手がいるから別れようって。いつでも 私の事を1番に考えてくれるのよ。」って千佳ちゃん(仮名)が言いました。ふーん そうなのか。ちょっと恋愛に疎い私がウンウンと聞いていると 由美ちゃんが 要するに振られたって事よね。と コッソリ言いました。やっぱりそうだよね。でも 千佳ちゃん全然 そんな風に思ってない! ある意味すごいなぁ。彼と夏に行った浜辺で Tシャツに短パン姿で写ってる千佳ちゃんはとても可愛い。彼だってそう思いながらシャッターをきっただろう。でも彼には千佳ちゃんよりまえに付き合ってる女の子がいて やっぱり彼女を選んだそうだ。要するに二股。そして千佳ちゃんはふられた。普通はこんな風に考えるけど 千佳ちゃんは違う。由美ちゃんが 「すごいよね。千佳ちゃんは絶対に彼は自分を好きだけど 色々あって彼女を選ばないといけない。彼の方が可愛そう。私の幸せを祈ってくれてる。って本当に思ってるもんね。自分もそのくらい前向きに物事を考えられたら良いな」と言った言葉が忘れられない。若い時に初めてあった千佳ちゃんみたいなタイプ。衝撃でした。あれから40年。千佳ちゃんは資格を取り 仕事をバリバリして 年上イケメン 高学歴 高収入の彼と結婚しました。今では孫もできて楽しく暮らしているそうです。色々辛い事もあったかもしれませんが きっと前向きに乗り越えてきたよね。千佳ちゃんなら。夏の終わりに ふと 夏の恋が終わっても 力強かった千佳ちゃんを思い出しました。そしてどんな時代でも 恋バナって かわらないよねと思ったりします。こんな事をボーと懐かしく思い出せている私は 今きっと落ち着いた生活ができているんだなぁと思いました。
真の友とか真の宗教とか 今では考える事もなくなった私ですが 夏の大会の時期になると何とは無しに いろんな事を思い出してしまいます。集会に行かなくなるちょっと前に 他の会衆にいた司会者の姉妹と話をしました。私が 1番がっかりした彼女の言葉は 「祝福があったのよ」でした。開拓者に戻ったんだなぁとわかりました。彼女の夫は長老でしたが 色々あり削除され 彼女も開拓をおりていました。当時は長老削除が他の兄弟に はめられたと聞かされ そんなことがあるなんて!と憤慨したものですが もしかしたら ふさわしかったのかも知れないし 今ではわかりません。司会者の事が大好きでした。でも開拓者に戻れた事を祝福だと言った彼女はもう私の憧れる強い信仰を持った人ではなく カルトにハマってるアラカン女性になりました。やはり開拓者として 人に知られる事 周りに認められる事を 望んでいたんだなぁ。エホバが好きなら ひっそりと たくさん 奉仕すればいいじゃない。補助だ 開拓だ と叫ばなくても。初めて司会者に感じた違和感でした。その後 アメブロに出会い 組織から離れた私に 一本の電話もメールもくれない彼女の事を さすがだなと思います。そして その事を寂しいと思わない自分に これでいいのよね と時々思うのです。
『韓流ドラマの続きを見たいけど 娘の歯科の予約が入っている。あー残念 どうしようかなぁと悩んでいる』ところで 目が覚めました。今朝の出来事です。自分でもびっくりしました。今の私の悩みは韓流ドラマの続きが見れないことだったとは。幸せだなぁ とつくづく思った朝でした。ちょっと前は 仕事の曜日をしっかり頭に入れて 娘の病院や施設の面談 その他色々と決めていましたが 今や 予定はTVと相談です。すごいな わたし。夏の大会を気にしない6年目の夏。3日間何を着て行こう どうやって行くか?いや 行きたくない!泊まりたくないけど 通いはきついかな。コッソリ休みたいけど バレる?かなり前から憂鬱でした。多分私の知ってる姉妹達は同じ事 心では思っているのではないかしら。大会だわ! 素敵! 楽しみ!と本当に思ってる人…いる?いるんでしょうね。来週の予定は 夢で悩んだ娘の歯科だけ。あっ Tポイント10倍の薬局に行かなくちゃ。JWから離れて6年たちました。初めてアメブロを読んだ夏が つい昨日のようです。
メルカリでお買い物をし コンビニに支払いに行く。おやつにダブルシュウクリームゲット。カード支払い。と…ここで 姉妹元気でした?と急に横からの声。おー今日は水曜 奉仕の日でしたね。でも午前中は人に会えないから午後になったと聞いてたよ。違うの?群によって違うんです。うちは11時からになったんですよ。そうなの大変ね。もらったポーチのお礼を言わないままで すいません。いつかおうちに寄っても良いですか?いいよ いろんな姉妹達が寄ってくれるよ。今日は母と一緒なので また今度 寄らせて下さいね。どうぞどうぞ。これから奉仕 暑いだろうから気をつけてね。5年前 小学生の息子さんを持つこの姉妹には組織から離れてほしくて 電話をした。電話では良い反応はなかった。仕方ないな きっと危険な人だと思われただろうと思っていた。私が組織を離れてから一度も会ってなかった。思いがけない笑顔。昔々プレゼントしたポーチを大事にしてくれてるみたい。息子さんはもう高校生だろう。集会に来てないとは 他の人から聞いたけど。セーラームーンの歌を歌いながら お月様を見るのが最近の楽しみ。満月まで プクプクと太っていく月を雨に邪魔されず 見れますように。JWという小さな世界をでても きっとたくさん たくさん幸せは見つけられるよ。お母さんはお母さん。あなたはあなた。まだまだ遅くないと思うから。出てこれたら良いな。
1年は52週 今週は23週目です。私は人生初の専業主婦になりました。今まで何だかんだと言っては JWの時でさえ ずーっと仕事をしてきました。貧乏性なので しばらく内職してみようかなぁ。週の初め もしくは終わりに今週の予定を確認していましたが 専業主婦になったら なんだか勝手が違う。娘の世話に取られる時間も多いけど 折角いただいた 大切な時間を楽しく有意義に使っていけたらと思っています。若い時と違って あれもこれもはできません。52週の23週目はどんな週になるのでしょう。早いだろうなぁ。きっとあっという間に52週目が来る。月曜日 さあ活動開始。皆さんも楽しい週でありますように。
綾小路きみまろさんの 「あれから40年 」「いやだー 本当 もう40年よ 若かったよねー 昔乙女で 今太め。プロポーズ あの日に帰って断りたい。よね〜」。矢継ぎ早に喋るレイコさんにみんな頷きながら笑っている。学生時代の友人4人で会うと話が尽きない。それぞれに就職し 結婚し 子どもができ 孫ができ…うそみたい。怖いのは あれから40年が これから40年もあるかもしれないと言う事。みんな70才までは生きたいよねーと言う。今時70代で亡くなると 早いと言われる時代。私は無理でも 3人の誰かは 100近くまで生きるだろう。いや みんな長生きするかもしれない。「あれから40年」のうち 私は20年近くを JWの中で過ごした。人生が長いと思うか 短いと思うか 今の年齢によっても違うだろう。長生きしてる先輩達は 60から絵を始めたとか 水泳を習い始めたとかTVで話している。先週末は孫の運動会だった。まさか息子が通っていた小学校の廊下で場所取りしながら 排斥され こんな時でさえ姉妹達に無視されているYちゃんと座り込んで話をする日が来るなんて思いもしなかった。「実は〇〇姉妹の娘さん 息子さんも離れてるんだよー それからね…」いやだったら その系の話はしないけど と言ったが聞きたいと言われ 私の知ってる話を教えた。お互いの今を話しこんでいると お昼になった。またね。孫達の運動会に来てまで 人の事無視する人達のこと 気にしなくて良いからね。もう 慣れっこか。集会を休んで 沐浴をしてあげてた孫ももう2年生。よーし これから40年 ボチボチ頑張ろう!
手紙と写真の整理をしました。司会者からの手紙は読み返す事もなく すぐに捨てました。書いてあった事はJW的励ましばかりだと わかっていたからです。現役の頃司会者から手紙をもらっても 嬉しかった記憶がありません。これでもか!と言わんばかりの霊的励ましがどこか鬱陶しく いやだったのですが当時はそんな自分の正直な気持ちが わかりませんでした。ありがたいと思わないといけない と思い込もうとしていたのだと思います。私が捨てられない手紙の一通にH姉妹からの物があります。もらった当時は姉妹が何を言いたいのかよくわかりませんでしたが 今読みかえすと 何となくわかる気がします。私がまだ研究生 H姉妹はバプテスマを受けて間もない頃の手紙でした。あまり関わりのなかった私に 「突然の手紙ごめんなさい」で始まっていました。そこには 小さな子ども2人を抱えて集会に来る辛さが4枚に渡って切々と書いてありました。手のかかる娘を連れて集会に来るようになった私に心が向いているので 手紙を書きたくなったとも。H姉妹は下の子の世話が大変だったようで(当時3歳ぐらい?) 自分はなんて無能な親なんだ!と何度も書いておられることから 随分悩んでおられたと思います。幼稚園に行く年齢の娘2人を連れて 毎日のように奉仕し週に3回も集会に行く。親にとっても子どもにとっても たまったものじゃありません。何度も集会に行くのをやめようと思ったとありました。そうしていれば 本当に良かったのに と思いましたが専業主婦だった彼女は あまりに多くの時間を姉妹達と過ごしました。世のママ友を作れたら 離れる事ができたのかもしれません。そんなH姉妹も 転勤でこの地を離れ また戻ってきた時には 組織から離れておられました。当時は残念に思っていた私ですが 奉仕の嫌いだった娘さん達と一緒に離れられて良かったと思います。私が研究生だったころは 子ども達が沢山いましたが うちの子より小さい子どもはH姉妹のところだけでした。彼女は私に小さい子を連れて集会や奉仕に参加する辛さをわかって欲しかった 愚痴りたかったのかもしれませんが 司会者から励まし倒されていた私は 頑張らないといけない!モードだったので 彼女の思いを受け止めてあげられませんでした。もっと私に余裕があって2人で 「こんなに子どもにも親にも負担がかかる宗教 おかしいよね 」って愚痴りあっていたら 早くに離れられたのかもしれません。JW時代 後にも先にも励ましや聖句の書かれていない手紙をもらったのは これだけです。捨てようかとも思いましたが まだもうちょっととっておく事にします。
久しぶりに本屋さんに行きました。以前は本屋さんに行くとワクワクしてたけど 最近はいろんな言葉が溢れていて 疲れます。目が疲れ多くの情報に頭も疲れます。いつも家の周りの小さな生活圏で生活してるからね〜。ちょっと反省。春になったら元気にお出かけしよう。本屋で疲れてる場合じゃない。買いたい本が沢山あったけど 断捨離系の本の表紙をみたせいか1冊だけにしました。買いませんでしたが 養老孟司さんの 「猫も老人も役立ずでけっこう」だったかな? 写真の猫が可愛いかった。先日 ある方のブログの中で 「友達は役立たなくていい」と言う言葉を見たばかりだったので “役立たない”は今 流行りなのか!と思ってしまいました。「真の友はどんな時にも愛し続けるものであり 苦難の時のために生まれた兄弟である。」そうかもしれませんが 今はこの聖句は重い。箴言の中には良い言葉が沢山ありますが 今は重くてたまりません。自分に当てはめれば役立つ言葉を人に伝えるために学んできたからでしょうか。軽めに考えられない状況で学んだからでしょうか。今は 猫も老人も友達も 役立たなくていいと言う そんな考え方に救われる気がしています。お風呂の中でため息をつきながら 私には今の気持ちをこぼせる友達もいないのかな とちょっと落ち込んでいました。でも友達だからって何か相談しないといけないわけでもないし。思い出せる友達の顔があるだけで 幸せだと思います。別に苦難の時に 悩みをわかち合わなくても 会えば相手を思ってお喋りができる。それでいいのかな。悩みなんか そのうちすぐに忘れるし。先日「一年に一度くらいみんなで会いたいね」 と学生の時の友人4人とランチをしました。「子ども達も大きくなれば 落ち着いた生活ができると思っていたけど そうもいかないよね」の言葉に大きくうなずくと 「おばばちゃん 悩みなんかないでしょう」とすかさずTさんに突っ込まれ 心の中で いやいや どう見てもTさんより私の方が悩みありげだよ。でも無さそうに見えるって良い事なのかな。この年になって 友達って何だろうって考える。遅すぎる青春かよ。
年越しした悩みを考えているうちに早くも 2月が終わろうとしています。昨年 私には 残念な事が二つ起こりました。毎日お風呂で考えてはため息をついていたのですが 不思議と誰にも相談する気になりませんでした。今回の悩みははっきりと答えが出るタイプのものではありません。自分の見方を変えるとか 前向きに考えるとか 当たり前の方法を実践するしかなくふと 誰かに相談してみようかと思いましたが きっと愚痴をこぼす事になりそうで この愚痴が 聞いていて気持ちの良さそうなものでない事は自分でも はっきりわかりますので 誰にも話さないことにしました。答えの方向はわかっていても なかなかそこにたどり着けず 悲しいけど こんな自分もいたのか と新しい発見でした。でも昨年に比べると随分気持ちが落ち着いて その時々に何とかなるだろうと思えるようになりました。時間は優しいですね。我が家には相変わらず 沢山の訪問者が来ます。今朝も2人の姉妹が来ました。共に60後半。バッグにJWのキーホルダーをつけていました。子供達に厳しく教え込んだあなた達でも 自分の事はわからないのだなぁ。以前いた会衆に新しい人が増えていますが それはただ単に移動者が多いという事。以前からいた姉妹達が移動して来た人を紹介に来ます。何でだろ でももう深く考える事もなく話をします。世間話しをして帰って行く姉妹達。他所から来た長老も姉妹に連れられて来ます。長老は何も言いませんが(集会に来い等の話) 楽しく世の話や会衆の事を話します。何を考えているのかな。エホバに祈らずとも 楽園の希望がなくても どんな悩みが来ても もう何とかなる所まで来ました。でも 話せる姉妹達がいて 神がいると信じる人は それが楽で良いのかもしれない。お互い元気でいましょう。皆さんまた顔を見せに来て下さい。
男性2人玄関の前に立っているのが モニターで見えました。長老だったので無視していたら ポストに イベントのご案内と書かれた紙が入っていました。会衆にいた頃 ちょっとだけ “勇気を出して?黙っていた自分”を思い出しました。研究を始めた時すでに小学生だった息子は 地元の子供会に入っていました。5年生になった時 仲の良い友達と部活にも入りました。中学も高校も部活をしました。息子が集会を休む理由はバレる いや もうバレてるとわかっていても 黙っていました。長老に呼ばれるのが怖かった。自分の中では いつも勇気を出して黙っていたのです。楽しそうに部活の話をする 息子が可愛かった。5年前の夏 奉仕に行かず 大会を休み 集会にも行かなくなりました。何が怖かったのか 上手く書けませんが 毎日自分に頑張れ頑張れ!と言っていたような気がします。ありったけの勇気を出して 組織から離れる決心をしました。今年の夏は もう勇気などいりません。訪ねて来られても 嫌な人には返事をしなければよいだけ。話したい姉妹とは「元気ー⁉︎」と力いっぱいお喋りします。組織にいた時は 今思えば 全てのことに “勇気の出し方や 理由”が間違っていたように思います。主人がイベントのご案内を ポイっとゴミ箱に入れました。おしまい。
夫には行きつけの床屋さんがある。気が乗っている時は 毎月のように床屋さんに行き 高倉健さんのような髪型になって帰ってくる。あくまで 髪型が似てるだけですが。今は面倒くさい時期なのか だんだん髪が伸びてきたのに 床屋に行かない。それどころか髭まで伸ばしている。遊びに来た私の友人kさんが 「宝くじCMしてる役所広司に似てるよね」と言った。夫はご機嫌だ。kさん 目がどうかしてる?私には髪の短い麻原彰晃に見えるけど。失礼。小さい頃読んだホラー漫画。主人公の男の子と友達の目が入れ替わる。主人公にはブスに見えてた女の子がとても綺麗に見えたり 好きな女の子がそれほどでもなかったりで 友達にはこんな世界に見えてたんだと気づく。似合ってようがなかろうが 健さん髪型が清潔感があって好きな私には 100人が役所広司に似てると言っても そうは見えない。人は自分の好きなように 物が見えるのかもしれませんね。同じ事がおこっても 良い方に考える人もいれば 悪い方に考える人もいる。折角だから 良い方に考えられたらいいな。時々 人が話してるの聞いて へーそんな風に考えられたらいいなぁ と思う事がある。JWの考え方に縛られてきたからか 元からの性格か 臨機応変さが足りてない。夫が 逃亡者のハリソンフォードに見えるようになると きっともっともっと 世界が変わるかな。いや たとえどんなに暑くなっても それは無理。
仕事先の家で 「運命を変える生き方」そんな感じの本が奥さんの枕元にありました。家政婦として7年程通っているお宅ですが資産家の奥さんはおしゃれでわがままで 可愛い人です。御主人を通訳がわりに 海外へもよく遊びに行かれます。具合が悪い時は 家事のほとんどを私にまかせて リビングでゴロゴロしておられます。どこらへんの運命をかえたいのかしら。人から羨ましく思われる人にも 悩みや苦労はありますよね。人の事はわからないものです。夏の大会に行かない5年目の夏。私はアメブロで 運命をかえたのかな?運命と言うには大げさだけど 確かに 5年前の夏 アメブロに出会って 私の毎日は変わりました。1年たった。もう3年も集会に行ってない。あっ もう今年で5年。はや!の日々でした。もうブログを書く事もないかなぁ と思っていましたが 夏になると アメブロの出会いを思い出し 多くの事 多くの人に感謝の気持ちでいっぱいになります。今でも時々 読ませていただいている現役のブロガーさん ありがとう。ただ ありがとう ありがとうと言いたい 5年目の夏です。
先日赤ちゃんを連れてYちゃんが遊びに来てくれた。赤ちゃんはご機嫌さんで 私とYちゃんの話しを聞いていた。排斥されているYちゃんと現役母親は上手く言っているようで安心した。こんなに可愛い孫の今を見ないなんて もったいない。心では葛藤があるだろうなぁ。子どもや孫と関わりを持つ事は普通のことなのに 他の姉妹達から白い目で見られる。見る方も 見られるほうの気持ちもよくわかる。わかるだけに本当に切ないなあと思う。YちゃんからM姉妹が亡くなった事を聞いた。私が組織を離れて3年5ヶ月。3人の方が亡くなられ施設に入られた姉妹が1人。と聞いている。M姉妹はまだ60代だ。ショックだった。今年の初めに書いたけど 私は10年日記を書いており 今年はその最後の年。最初の頃は 「大会があった。〇〇姉妹と奉仕。巡回訪問が始まる」などの文字が多かったけど ここ数年の日記は登場人物も様変わりした。主人から また10年日記つけないの?と聞かれて もう一年づつのスケジュール帳をつけることにするの と答えた。この10年はJW現役から脱JWへの転機の時期で 前後読み比べると感慨深いものがある。あと少し。楽しい事がかけるかな。来年からも 1日 1日毎日をしっかり綴りたい。アメブロの片隅でひっそりと存在し 皆様の記事を時々読ませていただいています。私のブログを読んでくださった方々ありがとうございました。早いですが 良いお年をお迎えください。
昨日の孫の音楽会の時のことです。お嫁さんが「私は少し早めに自転車で行きます。お母さんは幼稚園の駐車場に車が止められると思うので 好きな時間に来て下さい」とメールをくれたので のんびり出かけたら もう会場は人でいっぱいでした。入口に近い後ろの方に立って見ることになり お嫁さんを探しましたが なかなか見つけられません。演壇の孫を見ていると 目線の先にお嫁さんがいました。孫は私の方を何度か見ましたが 婆ちゃんが見に来ていると思ってなかったのか お母さんと一緒じゃないので分からなかったのか 最後まで立って見ている事がわからなかったようです。演奏をしながら 歌を歌いながら 孫はいつもお母さんの方を見ていました。僕の事見てる?頑張ってるよ と言わんばかりに。沢山の人達がいる前で 一生懸命練習して来た事を発表するのですから 子どもたちは緊張していたと思います。みんなみんな頑張っていました。お母さんに手を振っている子もいました。発表が終わって先生が 「保護者の皆さん 子ども達に音楽会の感想を話してくださる方おられませんか?」と言われました。普通 シーンとするところですが お父さん お母さん お爺ちゃんまでどんどん手を上げて 子ども達に 「ありがとう 感動したよ 頑張ったね 上手でびっくりしたよ」みたいな感想を次々に述べられました。すると 子どもたちが 「ママー僕のママも言って」「僕のママ 言って」と言いはじめました。どの子もどの子も 自分の親に自分たちが頑張ったことの感想を言ってもらいたいんだな。思わぬリクエストに 多くのお母さんが感謝をのべる事になり 音楽会は素敵な時間となりました。多くの親御さんはビデオを取り スマホで録画し 子どもを見つめ 子どもたちも親を探し…婆ちゃんとしては 少し離れた目でこの様子を見ながら JWの事を考えました。小さい時 子どもが求めるものは親の愛だけなのに なぜにすれ違っていくのでしょう。孫がまっすぐに見つめているお嫁さんは 孫の事が大好きで 一生懸命子育てしてくれてます。嬉しいなと思いました。婆ちゃんなんて どんなに愛してあげても親の付録のようなものです。でもたまには付録がいいと言う時もありますから いつでも味方でいてあげなくちゃね。