JW2世のおっさんだけど、青春はこれからだ -91ページ目

JW2世のおっさんだけど、青春はこれからだ

エホバ? あぁ、出来損ないの偶像ですね。

受苦日礼拝とは聞きなれない用語ですが

キリストの死に思いを向ける特別な日ということで、

ルーテル教会での礼拝に行ってみました。

 

今年は3月30日 金曜日。

 

プログラムは以下のとおり。

 

1 前奏

 

2 はじめの歌 讃美歌332番

 

3 聖書朗読

  イザヤ52:13-53:12

  ヘブライ4:14-5:10

  ヨハネ19:17-30

 

4 説教 「イエスの死」

 

5 祈り

 

6 主の祈り

 

7 祝福

 

8 おわりの歌 讃美歌515番

 

9 後奏

 

 

こう書くとめんどくさそうですが、1時間足らずでした。

 

 

説教の要旨は聖書の朗読箇所から

 

「成し遂げられた!」という言葉は、イエスの完全な勝利の言葉である。

イエスの死により、わたしたちの罪は贖われた。

 

という点を強調するのみ。

 

ふだんの礼拝で行なっている聖餐式と献金は、この日はありませんでした。

 

 

感想ですが、何だかあっさりしすぎてて、ちょっともの足りないな、と思いました。

それに、出席者が少なかった。

金曜の夜で皆さん忙しかったのかもしれませんが、ちょっと寂しいですね。

 

 

そのいっぽう、イエスの死の意義に思いを馳せる、という点では、

ほかでは経験できなさそうな、静謐のひと時でした。

 

 

JWの場合、いちおうキリスト教を名乗っているから主の記念式

という名称を冠しているだけで

 

講話は、天的希望とか地的希望とか、だれが表彰物にあずかる資格があるか、とか、

記念式だけではダメだ集会に来い、とかいう余分な内容が主体で

あれでどうすれば感動や感謝ができるのか、見当すらつかん。

 

 

それに、式の前後がうるさすぎる。

 

姉妹たちが非信者のダンナさんを引き連れてきたり

長く不活発の人がなぜか記念式には来たりするので

 

きゃ~ 久しぶり~

来てくれたのねぇ~

あらぁご主人ようこそいらっしゃいました~ 記念式いかがでしたかぁ?

 

そして繰り広げられる撮影会。

 

 

アホみたいに浮かれる光景は下品で、昔から嫌いでした。

 

 

それと比較すると、教会の礼拝が物足りない、と感じましたけど、それは

 

礼拝の純度の高さゆえ

 

というふうにも言えそうですね。

 

これなら、都合がつけば毎年でも行っていい。

 

 

ということで、なかなか貴重な経験でした。

 

 

JWの記念式には、長老夫妻から招待状が届いたり

ある兄弟からメールが来たりしましたが

行ってません。

その時間は居酒屋で呑んでました。

 

記念式くらいは行くかなぁ、と

JW活動を止めてすぐの頃は思ってましたが

もう行くことはないでしょうね。

 

 

それより

 

教会に出入りし、JW組織に露骨に背を向ける行為

 

これは快感ですよ。