わたしの仕事は、今が最多忙期なのですが
こういう状況で、どうやって集会に行って、伝道に行って・・・
という生活をしていたのか、すでに記憶が薄れています。
活動を止めて、まだ2年も経たないですが。
5時に職場を出れば、一般道で帰って、いったん家に帰っても間に合う。
5時を過ぎると渋滞するので、高速に乗る。15分しか短縮できないが、その15分が大きい。
職場を出るのが6時になると、集会へ直行。
集会の日の夕方近くになると、そんな選択肢が浮かんできます。
しかし、どの選択肢にしても職場を出るのが早い。
書籍研究があった頃は、これが週に2回。
でも、そうやってたんですよね。
マジか。
仕事は、どうしてたんだ?
夜の集会から帰ってくるのは9時半すぎ。
風呂に入り、ハイボール2本飲んで、晩ご飯。
朝は6時半すぎに出勤するから、もう寝よう。
体に悪いなぁ。
週末。土曜が出勤じゃなければ伝道に出ざるを得ない。
午後は休みたいが、プログラムの準備をしとかないと、ほかには時間が捻出できない。
日曜は集会と夕方の伝道で、一日つぶれる。
そんなこんなで、何とか自分なりには精いっぱいやっていても、
長老から第二会場に呼ばれ、仕事を調整する気はないのか、などと
意味不明な言いがかりをつけられる。
思考機能不全のオッサンたちから「助言」を受ける屈辱。
こっちはマトモ。あっちがアホ。
かわいそうな人たちだ。
と自分に言い聞かせつつも、悔しさを握りしめる家路。
こんな生活を、つい最近までやってたんだ。
ほんとかよ。
集会に行かなくなったころは、夜、家に帰ったらヨメさんと
「あら、集会は? 休んだの?」
「あんたこそw」
日曜は
「ほらほら、集会よ。今日、駐車場係でしょ」
「え? 今日は休むって連絡したw」
なんて、くだらない会話をしていました。
いい歳こいて。
さすがにもう、飽きましたが。
週末、ゆっくりしていたとき、ヨメさんが言いました。
「生きてるって、実感するねぇ」
まったくです。
JW生活の記憶が早くも薄れているのは
組織の歯車として
自分を捨て
物事を考える余地なく生活していたゆえ
記憶に残りにくかったのだ
と思いましたが
今の「生きてる実感」が
過去を覆っている
とも考えられますね。
うん。そのほうが、いい見方だ。
JW生活の事実は消えないし、
不快な思い出に腹を立てることはありますが、過去は過去。
その反動と、生きてる実感。
これは、大きなエネルギーになりますね。