JW2世のおっさんだけど、青春はこれからだ -53ページ目

JW2世のおっさんだけど、青春はこれからだ

エホバ? あぁ、出来損ないの偶像ですね。

年末にぎっくり腰をやってしまったのに続き

先週の土曜にインフルエンザを発症しました。

 

木曜から出勤しましたが、咳が出てあまり眠れてないし、しんどいですね。

 

いきなり高熱は出ず、土曜は微熱、日曜は微熱よりちょっと上がり、月曜になって38度を超えたので、そこでようやく病院へ。

 

イナビルという薬をもらい、その場で吸入。

かわいらしい感じのお姉さんが、吸入のしかたを丁寧に指導してくれて良かったですw

 

 

 

よぶんな前置きはこれくらいにして

 

実家の区域の王国会館。

近々閉鎖されることになりました。

 

そこへは、10~11年前までの3年くらいしか通ってませんが

すぐ近くに建っていた前身の古い王国会館に、幼少の頃と中学1年から高校1年くらいまで行っていました。

 

わたしのJW人生にも大きく関わった場所。

たいして思い出はありませんが。

 

 

 

閉鎖の理由は

 

「維持が困難になった」

 

とのこと。

 

 

ローンは払い終えている。

 

老朽化というほど傷んでいるわけでもない。

 

月々の運営費もまかなえないほど、寄付が足りないそうです。

 

 

 

ここを使っていた2つの会衆は、それぞれ別々の王国会館へ振り分けられます。

 

どちらも、すでに複数の会衆で使っているところへ入れてもらい、1会衆あたりの負担を減らします。

 

 

家と王国会館との距離。

たいして遠くなるわけではありません。これまで、うちの実家からは1.5kmくらい、遠い人でも3km程度だったのが、6~10kmくらいの場所に変わります。

 

しかし、道路が混むんですよね。

 

隣の会衆はそうでもないかと思いますが、実家の区域の会衆のほうは、距離以上に遠く感じるんじゃないかな。

 

週中も週末も、もっとも渋滞する時間帯に集会に行くのは、これまでと比べるとかなり不愉快なはず。抜け道あるのかな。

 

車を持ってない人もいるし、乗り合わせを考えたり、いろいろと面倒なことになるでしょう。

 

よきに計らいたまえ。

 

 

 

王国会館閉鎖後の使い道は分かりません。

 

地方都市のわりに駐車スペースが少ないし、公共交通機関も便利とは言えない場所。会場は階段を上って2階。

 

会社の事務所としてなら使えそうですが、どうなるのか。

 

 

 

しかし、ものみの塔の組織は、一般の教会の閉鎖後の用途については、こんなふうに書いていました。

 

 

 驚くべきは,俗用化したのち,これら宗教関係の建物が何に使われているかです。ノルマンジーのリジュー市にある,名高い霊地であった15世紀の「聖ジャック」教会は,いまではフラワーショウやコンサートに使われています。リビエラ地方から数キロ内陸にはいったサンポールドバンにあるレストラン・ヘンリーに食事に立ち寄る観光客は,自分が“ルルドの聖母”礼拝堂で,ぶどう酒を飲み,食事をしていることを知って驚くでしょう。ここからさほど遠くないラ・コール・スール・ルーの“シェ・ジョゼフ”というレストランは,11世紀に建てられた僧院の中にあります。


 ボルドー市に近いガジネの,あるカトリック礼拝堂は,土地の司祭が組織した,柔道の道場に変わりました。かなり多くの教会が,映画館と博物館に変えられ,他は車庫とか,牛舎,バター市場,公衆シャワー浴場,酒倉,ぶどう酒試飲室,劇場のけいこ場など,ちょっと想像もしないようなものに変身しています。神学校や教会の学校は公立学校として用いられ,郵便局になっているものさえあります。プロテスタントの教会は,車庫,錠前屋,そしてよりにもよってたばこ乾燥場に変えられています。東部フランスのユダヤ教の一会堂は競売場に使われ,もうひとつは農具の倉庫になっています。


 左翼系のあるニュース雑誌の社説記者は,この状態をつぎのように評しています。「サンリー〔パリの数マイル北にある町〕にある五つの教会のうち,ひとつはいま市場に使われており,別のひとつは車庫,三つ目は映画館,そして四つ目はダンスホールに使われている。宗教が現代化されねばならぬことはわかるが,…教会だった建物を,週ごとのダンスや,野菜の販売に使うことは,最善の使い方とは思われない」― 1970年3月1日付,ル・ヌーベル・オブセルバチュール。


 興味深いことに,サンリーから数キロのところにある以前のカトリックの礼拝堂は,よいことに使われています。その礼拝堂は,自発的に働くクリスチャンたちによって清掃され,現代化されて,いまではエホバの証人のクレーユ会衆の御国会館になっています。

 

(ものみの塔1970年11月1日号より)


 

一般の教会が閉鎖して世俗的な用途に供され、いっぽう、教会が王国会館に変わった例がある。

 

そのことが嬉しくてしょうがないのか、妙なテンションを感じさせる書き方をしていますね。

 

 

しかし昨今、JW関連の施設を閉鎖したり売却したりする事態に。

 

そんなことになるとは、この当時は思いもしなかったのでしょう。

 

 

 

先が見通せないんですね。

 

教会の閉鎖をあざ笑っていたのに、JW施設の閉鎖は「神のご意思」なんですね。

 

 

現役さんたち、こんな程度の低い「神」に、それでも従い続けるんですか?