F県O市。
ここには会衆は一つだけ、O会衆が存在していました。
最近、情報を見てみたら
ん? O市M会衆、O市G会衆の二つに分かれている。
今どき分会かよ、珍しいこともあるもんだ。
と思ったのは早とちりで
周辺の情報も見てみると
同じ王国会館を使っていたM市M会衆が消滅していました。
そのあたりの区域をシャッフルして再編したのでしょうかね。
単純に分会するほどJWが増えるはずないですもんね、今どき。
その近隣。Y市。
M会衆とK会衆がありましたが、最近、M会衆だけになりました。
K会衆は何処へ?
と探してみましたが、これも見当たりません。
M会衆と統合したのでしょうか。
ところで、このY市M会衆。
あの長老、まだいるのかな?
彼がその会衆に移ってからのことは知らないし、
そもそも面識がほとんどないのですが
昔の「良い評判」は聞いています。
王国会館で若い兄弟から
「てめぇ!」
などと掴みかかられた、とか
(なぜそうなったかの経緯は残念ながら知りません)
年上の兄弟が区域カードを返しに行ったら、この男は
「今ごろ遅い!」
というふうな態度で突っ返そうとしたので
カチンときた年上の兄弟から
「おい、ちょっと来い」
と、王国会館の外に連れ出され
「何だお前その態度はぁ!」
(↑実際はガラの悪い方言で)
などと凄まれたとか。
この類の逸話は2つしか聞いてませんが
こんな調子だったら、ほかにもあるのでしょうね。
会衆でも良い評判~♪
人々から愛された~♪
という歌詞の昔の賛美の歌がありましたが、
この男にぴったりのようです。
彼はしばらく後、MTSに招待されました。
さすが、人格者は違いますなぁ。
この男は、MTSでいかに素晴らしいことを学んだかを、母親に手紙で知らせました。
母親というのが、これまた会衆で強い影響力を持つ物体で
その手紙を自分の取り巻き連中に回し読みさせたそうです。
出来のいい息子で、けっこうですなぁ。
取り巻きも、祝福の分け前があってよかったですなぁ。
たいした面識のない個人に、こんなふうな皮肉を言いたくはないんですよ。
しかしですね、昔の写真を見ていたら
あるお宅での食事招待にて
ワタシとこの男が写っているものが発見されたんです。
20年くらい前のものか。
そんなこともあったっけなぁ。
それで、しょうもないことを思い出してしまった次第です。
それにしても縁起の悪い写真だな、これは。
捨てちまおう。