年末、久々に親父の様子を見に行きました。
うちから30分もあれば行けるんですが、4、5カ月ぶりくらいの対面。
「よう、久しぶり。毎日、どうしてますかな?」
「いやぁ、退屈だ。今日は一回も外に出とらん」
と、親父は苦笑い。
野外伝道にはすっかり参加しなくなり、同年輩の長老が画策した手紙伝道に乗じて、「不定期」にはなっていない、くらいの状況らしい。
まあ、腰の具合があまりよくないし、趣味である釣りのために体力を残しとかないといけないので、布教活動は抑えてるんでしょうな。
集会へはほとんど休まず行っているそうですが、77歳の親父が運転して、
同じ団地に住む60代半ばくらいの兄弟と、その近くに住むだれかの研究生、70歳くらいの人を連れて行っているそうです。会衆の高齢化を象徴しています。
しかし、他人を乗せての高齢者の運転。
大丈夫かよ。
ほかに、会衆の状況を話し始めました。
よそから移ってきた長老が何名かいて、現在、長老が10名くらい、奉仕の僕みたいなやつが7名だかいるそうです。
全体的に会衆が減っているから、長老もシモベも余ってるんでしょう。
そんな中、最近、若手が長老になったとも。
あ~ 彼か。
実家のマンション住まいで、パートの仕事して、開拓奉仕とやらで時間をつぶし、かつ、いい車に乗って。
いいご身分ですなぁ。
親父は長老たちについて
「○○兄弟とか△△兄弟は、どうも固い。□□兄弟も物腰はやわらかいけど、融通はきかない。☆☆兄弟みたいな人がもう一人二人いると、だいぶ違うんだけどな」
などと言います。長老たちについては、全般的に低めの評価。
ちなみに、□□兄弟というのは、過去記事に出てきた才女のオットです。
わたしは
「長老なんて、ほとんどが大バカだった。おれは長老に言いたいこと言って集会に行くのを止めたけど、ほんとによかった」
と言いました。
親父は
「まあ、エホバの証人というのは、堅苦しいところはあるもんな」
と認めつつも
「でも、年を取ったら、エホバの証人をやっておいたほうがいいぞ」
とも言いました、
世話が行き届く、というつもりなのでしょう。
そういう面もありますけどね。
しかし、そういう提案は、無用。
ほかの話として
「若い女の子たちが外国に行ってるぞ・・・」
そう言って、2人ほどの名前を挙げましたが、わたしは面識がありません。
そして
「カンボジアと・・・ウクライナだったかな」
と国名を挙げました。
「ふーん。まだ外国に行きたがるのがいるんだ。親もよく外に出すよね~。いいのかね、それで」
と、わたしが懸念を示すと
「まあ、あんまりよくないな」
外国行きを勧める協会も悪いですが、グアテマラでの件があってなお、布教の成果を外国に見出そうと自ら飛び出して行くのは、感心しませんね。
日本なら絶対安全というわけではないですが、頭の中には、外国の羊さんがたくさん寄ってくる図が描かれているのでしょう。
ほかにも何か話した気がしますが、よく覚えていません。
今さら、会衆のことなんてどうでもいいのでね。
と言いながら記事を書いてますが。
もう一つ。
年始には弟と呑んだのですが、同じ職場だった人が病気で亡くなったとのこと。
その人、組織のあり方に納得がいかなくなり、数年前に「もう集会には来ません」と長老に告げて断絶したんだそうです。
まだ40代だったし、そういう骨のある人物が亡くなったとは残念です。
JWが多い職場なので、他の現役JWは彼にどう接していたのか気になりましたが、
仕事上の用件に限り接触する者、何があろうと決して口をきかない者など、それぞれだったそうです。
やはり、決して口をきかない者もいたか。
職場だぞ。仕事だぞ。社会をナメてんのか?
働く資格はないですね。
何となくまとまらず、ここまで冗長に書いてしまいました。
何はともあれ、今年も、ものみの塔の倒壊を願いつつ
ぼちぼち平和に、楽しく過ごしていきたいものですね。