JW2世のおっさんだけど、青春はこれからだ -24ページ目

JW2世のおっさんだけど、青春はこれからだ

エホバ? あぁ、出来損ないの偶像ですね。

年末、久々に親父の様子を見に行きました。

うちから30分もあれば行けるんですが、4、5カ月ぶりくらいの対面。

 

 

「よう、久しぶり。毎日、どうしてますかな?」

 

「いやぁ、退屈だ。今日は一回も外に出とらん」

 

と、親父は苦笑い。

 

野外伝道にはすっかり参加しなくなり、同年輩の長老が画策した手紙伝道に乗じて、「不定期」にはなっていない、くらいの状況らしい。

 

まあ、腰の具合があまりよくないし、趣味である釣りのために体力を残しとかないといけないので、布教活動は抑えてるんでしょうな。

 

集会へはほとんど休まず行っているそうですが、77歳の親父が運転して、

同じ団地に住む60代半ばくらいの兄弟と、その近くに住むだれかの研究生、70歳くらいの人を連れて行っているそうです。会衆の高齢化を象徴しています。

 

しかし、他人を乗せての高齢者の運転。

大丈夫かよ。

 

 

ほかに、会衆の状況を話し始めました。

 

よそから移ってきた長老が何名かいて、現在、長老が10名くらい、奉仕の僕みたいなやつが7名だかいるそうです。

 

全体的に会衆が減っているから、長老もシモベも余ってるんでしょう。

 

そんな中、最近、若手が長老になったとも。

 

あ~ 彼か。

実家のマンション住まいで、パートの仕事して、開拓奉仕とやらで時間をつぶし、かつ、いい車に乗って。

いいご身分ですなぁ。

 

 

親父は長老たちについて

 

「○○兄弟とか△△兄弟は、どうも固い。□□兄弟も物腰はやわらかいけど、融通はきかない。☆☆兄弟みたいな人がもう一人二人いると、だいぶ違うんだけどな」

 

などと言います。長老たちについては、全般的に低めの評価。

 

ちなみに、□□兄弟というのは、過去記事に出てきた才女のオットです。

 

 

わたしは

 

「長老なんて、ほとんどが大バカだった。おれは長老に言いたいこと言って集会に行くのを止めたけど、ほんとによかった」

 

と言いました。

 

親父は

 

「まあ、エホバの証人というのは、堅苦しいところはあるもんな」

 

と認めつつも

 

「でも、年を取ったら、エホバの証人をやっておいたほうがいいぞ」

 

とも言いました、

 

世話が行き届く、というつもりなのでしょう。

そういう面もありますけどね。

しかし、そういう提案は、無用。

 

 

ほかの話として

 

「若い女の子たちが外国に行ってるぞ・・・」

 

そう言って、2人ほどの名前を挙げましたが、わたしは面識がありません。

 

そして

 

「カンボジアと・・・ウクライナだったかな」

 

と国名を挙げました。

 

 

「ふーん。まだ外国に行きたがるのがいるんだ。親もよく外に出すよね~。いいのかね、それで」

 

と、わたしが懸念を示すと

 

「まあ、あんまりよくないな」

 

 

外国行きを勧める協会も悪いですが、グアテマラでの件があってなお、布教の成果を外国に見出そうと自ら飛び出して行くのは、感心しませんね。

 

日本なら絶対安全というわけではないですが、頭の中には、外国の羊さんがたくさん寄ってくる図が描かれているのでしょう。

 

 

ほかにも何か話した気がしますが、よく覚えていません。

今さら、会衆のことなんてどうでもいいのでね。

と言いながら記事を書いてますが。

 

 

もう一つ。

年始には弟と呑んだのですが、同じ職場だった人が病気で亡くなったとのこと。

 

その人、組織のあり方に納得がいかなくなり、数年前に「もう集会には来ません」と長老に告げて断絶したんだそうです。

 

まだ40代だったし、そういう骨のある人物が亡くなったとは残念です。

 

JWが多い職場なので、他の現役JWは彼にどう接していたのか気になりましたが、

仕事上の用件に限り接触する者、何があろうと決して口をきかない者など、それぞれだったそうです。

 

やはり、決して口をきかない者もいたか。

職場だぞ。仕事だぞ。社会をナメてんのか?

働く資格はないですね。

 

 

 

何となくまとまらず、ここまで冗長に書いてしまいました。

 

何はともあれ、今年も、ものみの塔の倒壊を願いつつ

ぼちぼち平和に、楽しく過ごしていきたいものですね。