JW2世のおっさんだけど、青春はこれからだ -119ページ目

JW2世のおっさんだけど、青春はこれからだ

エホバ? あぁ、出来損ないの偶像ですね。

母の追悼式も無事に終わりました。

 

式自体はよく準備されて、雰囲気はいいものでした。

 

うっかり、「いい組織だなぁ」と思いそうになってしまいます。

 

事実、すぐ後ろの席で泣いてる人の気配があったので、チラリと見てみると

叔母(親父の妹)でした。親父のほうの親戚は、みな非JWです。

 

親父の妹はキツい性格で、JWに対してもやや否定的だったのですが、歳でカドが取れたせいもあるのでしょうが、帰り際、わたしにも「良かった」という感想を述べました。

 

心変わりして、研究を始めたりしないか、ちょっと心配になりました。

 

親戚や職場の人も来るので、わたしは、ほかの心配もしていました。

 

以前の記事で書きましたが、エホバの証人は一般の葬儀の場合、「受付」すら担当してはならない、という指針があります。

 

今回はJW式とは言っても、親戚や職場の人が来たらどうするか。

 

「御仏前」やら「御霊前」などと書かれた封筒を差し出されたら?

受付の姉妹たちは痙攣でも起こして倒れやしないか?

ちと、大げさですが。

 

しかし、とくに問題は起きなかったので、ひと安心。

 

 

スタッフさんたちは総じて、よく気を利かせてくれたと思います。

純粋に感謝します。

 

 

式の前後、組織を離れて8年くらいになるわたしの弟も、久々に会う皆さんとふつうに挨拶を交わしていました。

 

しかし、みな、口々に

 

「お父さん、一人になられますよね。兄弟、戻ってくる時ですよ!」

 

などと言ったそうです。まあ、予想どおりですが。

 

わたしたち夫婦が離れたことは、まだそれほど伝わっていないようです。

 

 

これで一区切り。

 

親父がワタシに押し付けた「親族代表挨拶」も、JWチックな雰囲気を極力排除しつつ、無難な形でまとめました。

 

母とのお別れを、きちんと済ませることができたと思います。

 

 

会衆の皆さんは、母の入院中、親父に晩飯を届けてくれたりもしたそうです。

 

闘病中から追悼式まで、いろいろと世話になりました。

 

これは・・・借りができてしまったなぁ。

 

 

さすがの弟も、今日は8年ぶりくらいに集会に顔を出して、改めてお礼を言っておいたそうです。

 

そこでも

 

「戻ってきてね~(/TДT)/」

 

の熱烈なラブコール。

 

親父が引き続き会衆の世話になるわけで、わたしたちも、会衆とまったく繋がりを断つ、というのは困難になります。

 

組織は憎いが、会衆の皆さんには恩義もある。

 

うまく立ち回るしかないですね。