JW2世のおっさんだけど、青春はこれからだ -103ページ目

JW2世のおっさんだけど、青春はこれからだ

エホバ? あぁ、出来損ないの偶像ですね。

久々に「個人研究」をしました。

 

ちょっと前の中野っちさんの記事に

ギデアレ、じゃなかったギレアデの卒業式で変な話があった

と書かれていたので、日本語の吹き替えではどうなってるのか気になり、

ブロードキャスティング12月号を、つい見てしまいました。

 

 

結論から言うと、

日本語の吹き替えは、いまひとつパンチが足りませんね。

 

ちょっと期待していた

 

「全知全能のエホバ神は、物忘れをすることがある」

とか

「WTの教理は近い将来、今の教えと正反対に変わるだろう」

 

というふうな直截な表現はありませんでした。うーん、残念。

 

ゲリト・レッシュは確かに

「Oh Happy Day♪」と歌ってますね。

そして、「ゴスペルソングの歌い出しです」と述べてるので、

「異教」の歌であると認識はしていることになります。

畏れ多くも統治体の成員様であらせられるので、問題ないのでしょう。

 

 

 

気になったのは、統治体の援助者のオッサンの話です。

 

サウルのそばめ「リツパ」という女性について触れています。

 

その部分を要約すると

 

リツパの息子二人は、サウルの他の息子たちとともに「血の罪」のゆえにギベオン人に渡され、処刑され、杭に付けられた。

 

モーセの律法では、杭に付けられた遺体は日没前に降ろされて葬られることになっていた。

そうすることで命の尊厳を重んじるエホバの指示に従うことになる。

リツパはそのことを知っていたに違いない。

 
しかし、そうならなかった。夜が近づいているのに、遺体を降ろす者が来ない。
リツパは、「だれもモーセの律法に従わないのはなぜ? 間違っている」と考えたかもしれない。

 

あることが関係していた。サウルが犯したのは国家的な罪だったので、ギベオン人は通常とは異なる手順を踏むことが許されたようだ。

 
それでも、来る日も来る日も、鳥や野の野獣が遺体に近づくのを許さなかった。
 
リツパは自分に注意を向けていたわけでも、息子たちのために公正な裁きを求めていたわけでもない。
おそらくリツパは、なぜこんなことが起きているのか、正確には理解していなかったかもしれない。
それでも、大きな犠牲を払うことになるとしても、エホバの見方で自分の行動が形作られるようにした。
 
 

該当の聖句はサムエル二21章ですが、どう解釈するかは人によって違うでしょう。

 

「息子を想う母の愛」

を読み取る人もいれば

 

「血の罪が贖われることを願う信仰」

に注目する人もいます。

 

ものみの塔の過去の出版物では、詳しいことはとくに述べていませんが、今回の話し手は、つぎのように適用しました。

 

 

ときに、自分にはどうすることもできない事態に遭遇するかもしれません。

エホバの基準と決定によって自分が形作られるような試練を経験し、それには大きな犠牲が伴うでしょう。

たとえば、あなたは神権的な手順や方針に通じておられることでしょう。

しかし、組織の指示や手順が、あなたがよく知らない何らかの理由により調整され、

その決定で、個人的に大きな影響を被るかもしれません。

どうされますか?

リツパのように、その状況でできることを続けてください。

鳥を追い払うように消極的な考えを払いのけるのです。

愛と感謝の炎を強め、エホバ神への熱意が燃え尽きないようにしてください。

 

 

このあと、「得られる教訓」についての話がまだ続きますが、省略。

 

それにしても、「組織への忠節」に結びつける話は珍しくないけど、ここでも出たか。

 

しかも、聖書にわずかしか登場しない人物をわざわざ引き合いに出し、

さらに、聖句から直接は読み取れない点は、想像で付け加えている。

さぞ、教育効果が上がったことだろう。

 

耳を疑うような「調整」「新しい光」に盲従させる布石は、この度も作れたのだろう。

 

何が「ギレアデ聖書学校」だ、何が卒業式だ、「特権」に酔った愚者の群れよ。

 

 

と、不愉快になりましたが、ものみの塔が真の宗教でないことは揺らがないし、組織の衰退は止まらないでしょうから、その様子を静かに見守ってあげることにしましょう。

 

わざわざブロキャス見といて、なんですが。