コロナ禍の谷間の歴史散歩(2日目) | JW2世のおっさんだけど、青春はこれからだ

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2021年12月26日(日)。

 

東横インおもろまち駅前店をチェックアウト。

 

 

新都心と呼ばれる「おもろまち」。

 

このあたりは沖縄戦における最激戦地のひとつで、戦後は米軍の専用居住地となり、1987年に返還されたそうです。このことは、ほんの何か月前まで知りませんでした。

今の街並みだけを見ると想像がつきません。

 

 

今日も空が暗い。しかも、時おり雨がパラつくし、風も強い。

 

 

モノレールに乗り、首里駅へ。

そこから首里城方面へ歩きます。

 

 

「上の毛(ウィーヌモー)」。この公園から首里城に入るルートもあるようですが、ここは通過。

 

まず訪れたのはここ。

 

 

世界遺産・玉陵(たまうどぅん)。

琉球王国の第二尚氏王統の陵墓。

沖縄戦で損壊。1974年から3年あまりで修復され、2000年12月に世界遺産登録。

 

受付で300円を支払い、展示室で予習してから、本体へ。

 

ガジュマルが生い茂る道を進みます。

 

 

外側の門。

 

 

全景は映ってませんが、王族40人余が眠る墓。

何とも言えぬ存在感です。

 

 

ここに葬るべき人々が書かれている「玉陵碑」。

これは1501年に建てられた当時のままだそうです。

 

 

 

玉陵の正面は県立首里高校。

日曜ですが、バレーボールだかバスケットボールだか、部活をやっている音と声が聞こえました。

 

 

 

 

 

守礼門前

 

 

 

瑞泉門の手前にある「龍樋」。

かつては首里城の生活用水として用いられ、いまも水が湧いています。

 

龍樋は沖縄戦で一部損壊して修復されたものの、ほぼ1523年当時のままを保っているとのこと。

よく残ったな。

 

近くに立っていた案内スタッフのおじさんによると、いまも水が湧き出ているのは龍樋と、ここのちょっと脇にある寒水川樋川だけですが、かつては6ヶ所ほどあったらしいとのことです。

 

 

 

 

正殿などが建っていた場所。修復中。

 

 

世界遺産とされているのは、この首里城正殿の遺構ですね。

ガラス越しに眺めます。

 

 

眺望よし。曇天ですが。

 

 

公園内は一般的なルートで90分ほど歩きました。けっこう高低差があってきついような話も聞いてましたけど、思ったほどじゃなかったですね。とは言え、歩き疲れました。

 

気温は16℃くらい。さすが沖縄、冬にしては高いと思いましたが、ときどき小雨の混じる強風で、薄手のジャンバーを着てちょうどいいくらいでした。

 

 

公園からは守礼門を通らずに道路へ出て坂道を下り、そこからさらに坂道の入口へ。

 

 

 

琉球王国時代に造られた石畳道。いまも300mほどが当時のまま残っています。

 

ここを下ってみるつもりだったんですが、たかが300mとは言えけっこうな傾斜らしいし、下ってもその先の交通機関がないし、下ったあと、また上ってくる気力も残ってないので、断念しました。帰りの飛行機の時間も気になるし。

 

 

空港に向かう前に、昼食。

 

 

 

てぃしらじそば。

 

「てぃしらじ」とは、このあたりの昔の地名「汀志良次村」から取ってあるそうです。

 

ここからは店内の様子が分かりませんが、道路に面したほうから見ると、空席があることが判別できました。10名も入らないような狭い店です。

 

 

澄んだスープ。やたら太い麺。

あっさりでありながら、味はしっかりしてました。うまいなぁ。

 

 

このあと、空港に向かい、夕方に我が家へ帰着。

 

 

1泊2日の那覇市内の歴史散歩。

ようやく念願かなって訪れたわけですが、そのわりにはテンションが上がるわけではなく、むしろ、日ごろ経験しないような、とてもフラットな気持ちで過ごしました。波長が合ったんですかね。

 

 

さて、今回の旅は、言わば予習。

 

次回は、那覇市内の別のスポットを訪問したいし、首里城は違うルートで歩きたい。

足を延ばして、浦添城跡にも行ってみたい。

 

行きたいと思ったら、先延ばしはNG。

機会を狙います。

 

願わくば、つぎに訪れるときは晴れてほしいですね。