自分に正直に生きる | JW2世のおっさんだけど、青春はこれからだ

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エホバ? あぁ、出来損ないの偶像ですね。

先日、見知らぬ番号からの着信がありました。

 

知らない番号は、とりあえずスルー。

 

だれだろ? 

 

あ、もしかして

大会の自発奉仕を頼もうと

どっかの長老がかけてきたのかもしれない。

 

またかかってきたら、

ワタクシ、背教者になったんですけど、

と言えばいいかw

 

そんなことを考えているうちに、さっきの番号からショートメール到着。

 

ん? S兄弟か。

 

ちょいと、届け物があるので来てもいい?

という用件。

 

はい、わかりました。

 

10分もしないうちにS兄弟登場。

 

 

「あ~、S兄弟、お久しぶりです」

 

「お久しぶり。どう? 体調はいいの?」

 

「体調はね、何ともないんですよ。まあ、いろいろ思うところがありましてね」

 

「あ、そうなの。ま、自分に正直に生きたほうがいいよ」

 

「そう思います」

 

「うんうん。気楽に行きましょ。じゃ」

 
 

これだけのやり取りで終了。

 

 

このS兄弟は、単身赴任で来ているオッチャンです。

歳は、わたしより一回りくらい上。

 

届け物というのはお菓子で、パッケージを見ると兄弟の地元のメーカーのものでした。

帰省してたんですな。

 

この人、仕事がたいへん忙しいようで、海外出張もあります。

 

だから集会は欠席も多いし、来ても、時間に間に合うことは、ほぼありません。

2ヶ月くらい姿を見ないこともありました。

 

集会が終わると、基本はアーメンダッシュ。

 

このオッサン、JWやってて何かいいことあるのかな、

と思いますが、

奥さんへの付き合いでやってるのではないかと推測します。

 

仕事が優先なので、JWの活動はマイペース。

長老も、いちいち助言はしないでしょう。

 

こういうスタンスなら自他共に害は少なそうですね。

 

 

 

自分に正直に。

 

日々の生活で生じる数多の選択肢の中から、

ベスト、ベターだと自分で判断したものを選ぶ。

もちろん、常識の範囲で。

 

世間の多くの人は、そういう生活を送っています。

 

 

エホバの証人の組織も、

「自由意思」は神が与えた賜物、とか言ってますが

 

聖書の原則を捻じ曲げて多くの「規則」を創出し、

選択肢を非常に狭めたあげく

 

さあ、どちらを選ぶ! 

神の道かサタンの道か!

どっちを選ぶかは自由意思だかんね。

そこんとこ、よろしく!

 

 

寝言は寝て言え。

 

 

 

自分に正直に生きる。

 

いい言葉、と言うより、当たり前のことなんですよね。

 

かく言うワタクシも、その「当たり前」が始まったばかり。

 

今さらですが、新年度、「普通」の社会人として新鮮な気分でのスタートです。