集会のプログラムの割り当て最新版が、調整者からメールで送付されてきました。
さて、おれはどうなってるかいな、と思いつつ開いてみると
むむ・・・
講演の割り当てがある・・・
先日の牧羊で、わたしは組織に対する疑念を表明しましたが、群れの監督と補佐は、その場だけで留めたようです。
調整者に話が行っていれば、再度お呼び出しがあるか、とりあえず講演などは一時停止をするはずです。
昨年は、特別集会と巡回訪問を休んだだけで取り調べを受けたくらいですからね。
推測ですが、群れの監督と補佐は、会衆の現在の状況からして、いま面倒な事案を提示するのは好ましくない、と考えたのだろうと思います。
巡回訪問が間近(今回から新しい巡回監督)。
来年早々には「慶事」がある(群れの監督の家族が関係)。
続々と新しい研究生が「成長」し、繁栄ムード(今どき珍しい)。
長老としては、水を差したくないのでしょう。
しかしねぇ。
全国的に見ると、ちょっとした言動を問題視して排斥に追い込んだり、長老やシモベを削除したりする事例がある一方、相当な悪事を働いても排斥にならない場合もあります。
たとえば、わたしの呑み友だった男(同じ会衆になったことはない)は、非JW女性と関係を持ちながら、JW女性と結婚。
その後、非JW女性との間に子どもが生まれたことで、事実が発覚。
それでも排斥にはなりませんでした。
悔い改めた、と長老団が認定したのでしょう。
いろいろな事例から、個々の案件をどう処理するかは、全面的に長老の判断にまかされている、好き勝手に扱っている、という状況が改めて明らかになります。
柔軟な対応で、ラッキーな結果になることもあるでしょうけど、そうでない場合、たいへんな心労を被ることになりかねません。ブログを読むかぎりでは、後者のほうが圧倒的に多いようですね。
たかが長老が、他人の生活を左右する権威を振るうとは。
そんな長老に服すべきとは。
「愛と一致」の組織などと、よく言えたもんだ。
今回、わたしは危険人物アピールが弱かったかな、とも思いました。
ならば、「悪行」を告白してみるか。
ボートレースは高尚な競技です、回収率は現在75%、分析力を磨かねばなりません。
ルーテル教会の礼拝に参加しました、JWの集会より、はるかに心が安らぎました。
カトリック教会での通夜に参列しました、天に召される、という教え、よかったです。
まあ、こんなことを告げるつもりはないですが、このまま飼い殺しも御免ですね。
いきなり会衆から姿を消す度胸がないので、次なる手段を考えましょう。
ほんとに、面倒な組織だな。