私が物心ついたころ、親父はふつうのサラリーマンで、家の経済状態はごくふつうでした。
しかし、私が中学1年の夏か秋ごろだったと思いますが、親父が会社を辞めました。
詳しい経緯は子どもには話さなかったのですが、会社での不当な扱いが度重なり、見切りをつけた、ということは把握できました。
それから、親父はいろいろな職を転々としました。
たとえば、中学生用の学習教材の営業。これは月収50万以上可能。ただし完全歩合制。
月収はゼロのことが多かったですが、70万という月もありました。変化に富んでいて、なかなかスリルがあります。
栃木の自動車工場に出稼ぎに行ったこともありますし、農機具関係の自営もやってみました。
自営の評判は悪くなかったようです。しかし、顧客あたりの単価が安いうえ、顧客が少ないので短期で終了してしまいました。
その他、いくつも仕事を代わりました。
やろうと思えば何でもできる人だし、実際にいろいろな仕事をやってみましたが、収入の安定とは結びつかないものですね。器用貧乏を体現していました。
収入があまりにも安定せず、蓄えもなく、食費もピンチになることが多くなったので、さすがに、専業主婦・正規開拓者の母もパートの仕事をやらざるを得なくなりました。
しかし、開拓奉仕の傍らではたいした収入にならないうえ、過労で体調を崩し、結局、開拓奉仕を一時中断することになりました。
悪いことは重なるもので、親父が人身事故を起こし、罰金(20万くらいだった?)の支払い義務が生じたことがあります。たしか、払わなければ懲役、ということで焦っていたのですが、お金はありません。
母親は納入期限近くまで悩みに悩み、結局、同じ会衆の姉妹のお宅を訪ね、お金を借りてきて、なんとか処理できました。
水○姉妹、その節はお世話になりました。会衆から自然消滅されて、だいぶ経ちますね。
それから、当時の主催監督(比較的裕福でした)に生活費をお借りしたこともあります。情けないです。
食事は、卵特集とか鶏がらの唐揚げとかが頻発した時期がありましたが、戦中戦後と比較すると、かなり豪華なのでしょう。鶏がらの唐揚げって食うとこあるの? と思いましたが、なくはないです。興味のある方は試してみてください。ビールのつまみには悪くないかもですよ。
わたしは高校に入学したら新聞配達をやりました。収入は月25,000円ほどですから、家にお金を入れるというほどではありませんが、自分の必要は自分でまかなう、という習慣が身に着いたのはよかったと思います。
貧乏エピソードはいろいろ思い出しますが、これくらいにしますね。
母は「王国を第一に」していました。生活が困窮しても集会は休まないし、開拓奉仕もできる限りは続けました。わたしと弟も、子どもながら不満はほとんど口にせず、楽観的に構えていました。
しかし、経験を通して得られた事実は、生活に必要なものを得るには、とにかく必要な手段を尽くすこと。
これしかありません。
今がある、ということは、必要なものが備えられた証拠、と考えることもできますが、これはこじつけの域を出ません。わずかな額の生活費を得るために、できることは何でもやらざるを得なかった、というのが現実でした。
王国を第一にしたので必要なものが備えられた、という旨の経験は、飽きるほど聞きます。
どうしても○○に必要が金額が足りない、でも、集会に行こう、伝道に出かけよう。
帰ってみたら・・・まさに必要としていた額ちょうどが入った封筒が届いてたんですぅ♪
ウソだとは申しません。実際にそういう経験をされた方もいるのでしょう。
しかし、生活を維持するためには働くしかありません。パウロでさえ自活していたのです。
十数年前に在籍していた会衆で、私は高校生くらいの子どもたちに、開拓奉仕という目標もいいけど、全時間の仕事は貴重な経験だから、まずは就職してはどうか、という旨の勧めをひそかにしていたんですが、声をかけた範囲ではだれも乗ってきませんでした。
開拓者至上主義帝国の岩盤は強固で、わたしのナマクラドリルでは刃が立ちませんでした。
当時の子どもたちも、いい歳になってきました。奉仕の僕、長老など、組織では順調に成長しており、ときどき会うと満足そうではありますが、今のままでいいのでしょうかねぇ。
私は、最初に就いた企業は早々に辞めてしまったんですが、その情報を知った高校の担任の先生から、いまの仕事を紹介していただきました。
まったくの想定外だったことから、エホバの導きに違いない、と評した兄弟たちもいました。
でも、仕事が決まった月、私は補助開拓を申し込んでいながら、仕事に行くようになったので時間は20時間しか入りませんでした。
これでも、導きにより備えられたって言えます?
このことに関しては、当然ながら、世話をしてくださった先生に最も感謝しています。
組織は、仕事を辞めてでも集会や伝道を支持するよう勧めますし、開拓奉仕こそ真に満足のいく生き方、と盛んに煽ります。
しかし、きれいごとの入る余地はありません。現実を直視しないと大変です。
組織の勧めに従わねばならないのだろうか、とまじめに悩んでいる方もいらっしゃるでしょう。
そういう方を見つけたら、あまり直截な言い方はできませんけど、気が楽になるようアドバイスができるといいな、と思っています。
そういうかたちで、経験を生かしていければ幸いです。