先日、私は左手の指を切るケガをしました。
家で宿題の木版画をやっていたら
危ないと教えてもらった手の添え方をし
まんまと、左手の人差し指に三角刀を刺した!
という記憶。
とても痛くて血がたくさん出て
痛いよー(ToT)、血がたくさん出て怖いよ〜と泣く私。
この記憶はずっと覚えています。
・・・・・・・・・
ここ一年内に続く左手の指のケガ。
そして、ふと思い出された記憶。
どうもこの2つが関連していそうな気がして
SBFで学んだ、記憶の検証(=脚本分析)を
自分でやってみました。
そしたら
やっぱり関連しているようです。
記憶を辿っていくと
あの木版画をやっていた時
母は私の様子を見ながら
「危ないよ!」と
声をかけてくれていました。
おぼつかない手つきで
彫刻刀を使う私を見て
心配して、注意してくれていたのです。
でも私は内心
「うるさいなーー」と思っていました。
心配して注意してくれているのに。
そう、傲慢になっていました。
そして、ブスッと彫刻刀を指に突き刺した…
その後、母は怪我の手当てをしてくれました。
つまり、私はケガをして
母に優しくしてもらったわけです。
そして母の注目を得ることに成功。
その後、残った版画の宿題は
母がやってくれたのか
できませんでした、と先生に言ったのか
思い出せませんでしたが
ケガした痛む指を使って
最後まで自分でやり終えたとか
先生にやらなかったことを怒られたとか
そういう覚えはないので
私は最後まで木版画をやらなくて済んだのだと思います。
つまり、ケガをして
自分がやるべきことをやらなくて済んだ。
なんという怪我のメリット!
優しくしてもらって
やることをやらないで済んで
これぞ「怪我の功名」⁈ ψ(`∇´)ψ
味を占めた私は、
これをその後の人生で繰り返します。
そう、つい先日も、
そっくりそのままのような出来事が起こりました。
それから、今回のことで
もう1つ発見したことがあります。
それは…
何かを作っていて
上手くいかず、ケガをして
「私はやっぱり不器用」とすることで
自分の人生脚本の正しさを証明していた
ということ。
私の脚本は
「器用な弟への嫉妬」という題名で(笑)
「私は不器用」でなければなりませんでした。
→ 生き方は子どもの時に決めていた 参照
そうでないと
弟に嫉妬して意地悪をしてできあがった「私は正しい」という脚本の
内容が変わってしまって
その時の思い違いを忠実に守り
可哀想な私として今まで生きてきたのが、全て水の泡になってしまうからネ。(-。-;
このようにして
子どもの脳で考え、思い込んだこと(=思い違い)は
人生を乗っ取るんだな、と
今は 客観的に 冷静に 実感しています。
(変な表現ですが。。)
さて今回、
小4の記憶を辿り
自分の 記憶違い がわかり
やるべきことはやるんだ!
と、自分にはっぱをかけました。
これから
自分がどう変化していくのか
観察してみることにします。
どうなるのかなぁ〜
あなたがあなた自身を救い、
自分で自分のことを調整しながら
軽やかに、穏やかに、生きていけるようになることを目指しています。
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