少なからずこんなくだらないブログをいいねして下さっている人がいるみたいだ。


不思議だ。誰が、どんな人が、どんな場所で、どんな環境の人が読んでいるんだろうか。




正義の反対について考える。


模範解答は正義の反対は正義なのだろう。


誰かにとっての善は誰かにとっての悪

誰かにとっての悪は誰かにとっての善


確かにこれ以上の答えはないし、私もこの答えに納得だ

だから自分が思うように自分らしくしたい事をして生きれば良い。


確かに


しかしそれではどうなんだろうか


もしそれがいじめ、犯罪、誹謗中傷なら?

それはそれできちんと考えて皆行動するから大丈夫だと思っている人がいるけど


私はそう思わない


実際ネットでもリアルでもそんな考えで他人への誹謗中傷、いじめをしている馬鹿は沢山いてる


それで追い込まれたり、命を絶つ者もいる


とても難しい課題だ



正義の反対は正義だから

自分らしく自分のやりたいことをやる


素晴らしい事



でもその中で

これは流石に良く無いから

思っていても、やめようね。傷つけるような事はやめようね。


だったら正義の反対は正義とは何?

そう言う話になる

理屈をこねる頭のキレる捻くれ者なら大人にそう問うだろう。その時にきちんとした答えを出せる大人はいるのか?


普段子供に人生を悟ったフリをして薄っぺらい言葉を吐き出している人が多い中。どんなアンサーが出せるのだろう




私は学生時代いじめられていた。


声が気持ち悪い

見た目、容姿が悪い、醜い

存在が気持ち悪い

話し方、仕草、趣味が〇らしくないから気持ち悪い

その他諸々。


それで罵声、罵倒を何年間も受け、散々に暴力も受けた

未だにアザが残っている程だ。


毎日が地獄。



私は冷静に考えた時、


ああ、自分はああしていたから、こうだったから。だから。理由があったんだ。理由じゃ無い理由だけど、

他人にはハッキリとした理由だったのだと。


でもそれは、いくら考えても理由というにはあまりにも理にかなっていなくて軽薄。


そんな理由で

誰をいじめた訳でも何をした訳でも無い自分が、そこまでの事をされる事なのか?


私にはそれは全く正しくない。

だけど時々わからなくなる



この世の中は薄っぺらくて何の意味もなく、マイノリティが必然的に、圧倒的に不利になる常識、ルール、モラル、道徳、文化、風潮で溢れて腐っている。


その中で正義を定義づけることはとても難しい


こんな頭の悪い私にはわからない



今日の自分は少し冷静だ。


正義の反対とは何だ