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百合農家な日々

 高知でユリとかやりゆう

だいぶネタもなかったけんどちょっくら昔の考えをまとめたもんがあるき出していく。4,5回続けてあげていくんで久しぶりのボリュームある投稿になるかしらん。さあ、昔の自分は何をかんがえちょったろうか。

 

と思うてみてみたけんど、言葉足らずで強引なロジックなとこは今も変わらんのうし。ちなみにこれはKLFでの提案内容やね。

 

では以下本文です。

 

 

花育について


これまでの花育とは、子供達を集め花束やアレンジメントを一緒に作る事で花に親しみを持ってもらい、将来の消費者として育成する目的だったと思い ます。この花育の効果は果たしてどれだけあるのでしょうか。

 

先日、全国の花業界の若手会に出席した時、花育教室の講師をしていた方の話を聞くことができました。その講師によると子供達は授業が終わり出来上がった花束を持って帰る段になった時に「これいらんから先生にあげる」と言って担任の先生に手渡したり、置いて帰ったり、中には捨てる子も。。。

よくよく彼らに話を聞くと持って帰ってもゴミになるからいらないと言います。これは子供たちがそう考えるのでは無くて、彼らの親が花など不必要だ考えているからだと思われます。と講師の方はおっしゃってました。

すべてがこうだと 言いませんが花の価値を理解しない親の下で育った子供は現状の花育を施したところで価値観に影響を与えるのは難しいと考えます。今の花の購買層は 高齢者が多く含まれていると思われますが、彼らは花の価値の教育を親やその上の世代から教わってきたと考えられます。核家族化により高齢者が家庭 に存在しない状態では花の価値を伝える人間がいません。以上の事から私はこれまでの花育では効果が薄いと考えます。


ではどうするか。先の若手会にて私が提案したプランを再提案します。
前述のように子供達に直接花の価値を理解させようとしても厳しいです。ならばその子供たちを育てている親の世代から教育していくのが良いと考えま す。彼らが理解すれば子供達は理解しやすくなるでしょう。ただ、親の世代である20代30代に教育するのは時間的にも価値観的にも難しいでしょう。現代の親世代は大変いそがしいでしょうから。

 

そこでピンポイントでターゲットを絞りターゲットのみに注力する事でそこからの波及効果を狙いま す。まずターゲットですが、新婚または妊娠中、出産後育児中の女性にします。理由は歴史的にみて花は女性の物であった点と精神的に弱っている状態である点です。大きなライフイベントである結婚妊娠出産は生活環境の変化、人間関係の変化、生理的変化が起こります。そんな中で気分は抑揚的になりやすくマリッジブルー、マタニティブルーに陥る事はよくあることです。心が弱っている時には価値観の変化が起こりやすい、落ち込んだ人が新興宗教や偏ったイデオロギーに傾倒するパターンです。このパターンを利用します。弱っている時に花と共に過ごしてもらう事で花の価値を心に埋め込んでいきます。


次にどうやって花と過ごしてもらうか。癒されようと花を買ってくれればいいのです、そうすればこんなプロモは必要ありません、ですがそこで花を買う人たちではないからこのプロモが必要になります。結婚妊娠出産育児の連続には社会との関わりが絶対に必要になります。新婚さんたちはまず婚姻届を提出し続いて出生届を出し、そして定期健診を受ける流れになるでしょう。定期的に役所と接することが多くなりはしないでしょうか。そこで婚姻届を出した全ての新婚さんに花器を差し上げます。県下全ての役所でやりましょう。花と過ごすにはその器は絶対必要ですからね。同時にその花器に入れる花も贈呈しましょう。数か月から数年経てば次に彼らは出産届を提出するでしょう。その時にも花をあげましょう。続いて検診など保健所に訪れる事も多くなります。もちろんその時にも花を贈りましょう。

 

定期的なイベン ト時に生活の中に花を送り込み、花と過ごす時間を多く持ってもらいます。無料でやるのは違うという意見もあるかもしれませんが、少子高齢化が進む高知県で結婚し子を育ててくれるありがたい存在には当然のプレゼントです。地域が彼らを祝うのは高知の将来を考えれば当たり前です。その彼らには全国的に有名な高知の花を贈るのです。精神面での動揺が大きくある人生のシーンにおいて、この取り組みはクッキーや食器セットではなく花だからこそできるライフケアになります。家の中に常に花がある状態で育った子供はそれが普通の感覚になり将来的な消費者になると考えるのは難しくないでしょう。 花教室などの単発的で不毛な花育よりも継続的にその家庭の中に花を送り込む事で最終的には家族全員が花に価値を見出せるようにする。花の入手先やその保管所と管理の課題、行政の縦の壁もあるかと思いますが、花業界のみならず将来の高知県を考える上で非常に強力なプロモーションになると考えます。


平成26年5月29日
 

なんだか異常にあったかい日が続いております。相場もダダ下がりでどこに出してもどうにもならないっちゅうのが現状じゃないでしょうか、「ウチはそうでもない」って方は是非に教えておくれ~。

今回は、ユリ業界がこうすれば明るい未来があるって事を書いてみたいと思います。先に結論を言っちゃいますが、実現はしないでしょうけどね。では行きます。

2点あります。まずは一つ目。

【業界内資本還流構造の構築】
知っての通り育種から始まり切り花として消費されて終わるのがこの業界。育種→球根生産→切り花生産→切り花消費、この流れ。関わる企業も多く世界レベルで流通網ができています。日本市場が儲けそうなら日本用に育種され球根が運ばれます。ベトナムならベトナム用に、メキシコならメキシコ用に。このオランダのビジネスモデルは新興国の経済発展に乗っかる形で発展してきました。日本市場も一部のユリを除き経済成長に乗っかる形でユリ業界も成長してきましたね。つまりユリ業界は儲けていたはずです。その儲けたお金はどこに行ったのでしょうか。交遊費に使う人もいれば、更に儲けようと施設や土地に事業投資したり、高価な車や趣味に使う人もいたかもしれません。なんに使おうが儲けた人が好きなように使うのがよろしいと思います。が。儲けたお金の使い道として業界内投資という選択肢が全くなかったのが問題点だと考えます。業界内投資とは自事業以外に投資するということです。イケてる花屋さんに投資したり、カッコいい育種家に投資したり、強い流通力がある輸出入会社に投資する。そんな選択肢があれば、ユリ業界の外にお金が出て行きにくくなり業界内の保有資本が大きくなります。保有資本が大きくなればプロモーションの方法もできることも多くなるでしょう。そうなると更に儲けていく事が出来やすくなります。儲けてまた投資をしていく。繰り返せば強い業界が出来上がっていくことでしょう。今からでも遅くありません、ハンスやエバートが芋を転がすのではなく金を転がして余生を送る引退生活を始めるのは難しいチャレンジとは思えません。


次に二点目。

【育種自由化】
一点目にも挙げましたがユリ業界は育種がスタートです、育種なくしては始まりません。私は育種の歴史にはあまり詳しくはないのですが、現状オランダ独占で育種が進められています。育種会社はこれまでに様々な品種を生み出し時代を代表するものもあれば、消えていく品種もありました。そしてその決定権もオランダ独占です。日本のユリ生産者や花屋さんの中にはこの品種だけは残して欲しかったという品種もあるだろうと思います、しかし基本的には生殺与奪の権はオランダにあります。ニッチで生き残れる品種もあっただろうに。。。育種自由化はこれまで築き上げた育種のデータベースや技術を解放し育種に興味を持つ人に育種のハードルを下げる事から始まります。日本では特にそうですが、あまり儲けにならないのに研究熱心な農家さんも少なくありません。彼らの熱心さが育種に向けられば独創性のある品種が多く生まれるでしょう。日本だけでなくオランダ以外のセンスで育種を世界に広げていくことはユリ業界が成長することにつながりはしないでしょうか。

以上二点ですが、書き終わってやっぱり夢物語だよなあ。と思っております。明るい未来なんてそんなもんかもしれませんが。もう少し地に足をつけて考えた方がいいかねえ。

さて、ゆりサミットが終わって少々経ちましたが皆様いかがでしたでしょうか。個人的には大成功だったと思います。

ただ、一つだけ反省点があるとすればドレスコードです。

なんで仮装にしなかったのか。悔やまれます。そこだけです。
この業界で良く聞くフレーズ。

「花が好きで花屋をやってるんです」
「ユリが好きで農業やってます」

好きでやってるんだ。好きなんだ。

結構似た事いう人は多いと思う。何かが好きと表現できるなんてすばらしい。ええこっちゃ。花が好きな人に花を提供するのはとても大切なことですね。

今回は好きとお金について。

今までとはかなり指向が違うけんど、ユリ農家にとって仕事するうえでは重要やと思うんで、考えてみました。

一般的に好きな物事に多くの人がお金をかけていると思う。例えば趣味一つとってみても、釣りをやりゆう人は釣りが好きでやりゆうわけで嫌々やりゆうわけでもない。付き合いでやりゆう人は、仕事の範疇やろう。釣りで続けて考えると、釣りに行ったら魚が釣れる、釣れた魚は商品として売られゆうもんもあるろう、となれば釣果は金額で換算可能になる。もしかすると、その時々によってはかなりいい金額になるかもしれん。趣味と実益を兼ね合い好きな事ができゆうかもしれんね。でもね、その金額にかかる経費を見てみたらほぼ間違いなく赤字やろう。黒字になるやったら皆んなやる、皆んなやったら皆んな黒字?イヤイヤ、それなら漁師は存在価値が極限まで低くなる。でも現実漁師は存在しちゅう。

つまり、好きな事はお金が出て行く、消費していくのが当然やと思う。釣りで考えたけんど他の趣味でも大差ないろう。

ここでユリ農家にもんてきて考える。好きでユリ農家をやりゆうもんもおるろうけんど、先に挙げた例のようにユリが好き、ユリ農家が好き、農家が好き、とかゆう理由でユリ農家をやりよったら赤字になりやすいんだわ。この業界におったら偉いてさんがいろんなプロモをやりゆうけんど自分らが好きなもんを皆が好きになって欲しいみたいで無料でユリを配布したりしゆう、タダのもんはタダの価値しかない。街頭でポケットティッシュ配りゆうけんど、それと価値は同じになるね。先に挙げた通り好きやき赤字でもかまんき消費するがよ。このプロモの場合はユリ好きの自己満足やろう、赤字でもかまんがやも。市場や取引先の提示する価格が安かった時、『あなたはユリが好きやきこの価格でいいやろ?』って足元見られゆうかもね。もちろん、趣味でユリ農家やりゆうがやったらそれでもえいろうけんどね。

もし、ユリ農家やって稼ぎたい、儲けたい、と思うがやったらユリ好きである事よりもお金を稼ぐ意識がないとどうにもならん。

好きもほどほどに、好きは商品を補強する部品ぐらいに思わんと生活できんなるがやないろうか。

今回はこれにて終了。