先日、松山で正岡子規博物館に行った時から、東京の子規庵にも行ってみたかったんですよね。
で、せっかく行くなら他も回ろうということで、樋口一葉関係の記念館、旧跡にも足を伸ばすことにしました。
昨日は昼前に英語のレッスンが終わったところで、まずは日比谷線の三ノ輪駅へ移動。
最初に台東区の樋口一葉記念館と旧居跡に行きました。
一葉がここ下谷竜泉寺町に住んだのはわずか10ヶ月ですが、吉原に近いこの界隈がのちに書かれた『たけくらべ』の舞台になっています。
それにしても記念館で見た一葉の書は美しく、芸術的でした。
全く読めないけど(..)
旧吉原は目と鼻の先にあったのですが、今は一大ソープランド街になっているとかで、一人歩きには恐くてそちらには近付けませんでした。
そのあと根岸を抜けて鶯谷の子規庵へ。
根岸のそこかしこの神社でこの週末に大きなお祭りがあるらしく、笛や太鼓の音が聞こえ、置いてあるお神輿を見ることが出来ました。
昨日土曜日は生憎の雨で残念でしたが今日は盛大にやることでしょう。
そして子規庵。
本当は子規が伏していた6畳間から見える庭の写真を取りたかったのですが、室内は撮影禁止ということで、外で庭の写真を取りました。
へちま用の棚の下には、芽が出たばかりのへちまの鉢があります。
妹の律さんも寝たきりのお兄さんの目を楽しませる為にこうやって育てたのでしょうね。
鶯谷から上野までは山手線に乗ったのですが、鶯谷駅の回りと言うか子規庵の回りはそれこそ一大ラブホテル街で、おばさん閉口しました。
『あのカップル、素朴そうに見えるけどホテルに入っちゃうのか!?』
と思っていたら子規庵に入って行きました。
勘違いしてごめんね。
でもこの場所は気まずいだろうなあ。
上野の公園口から、途中でケーキセット休憩などはさみながら、ドコドコ歩いて本郷へ。
東大の敷地の間を通る言問通りから、菊坂下交差点へ向かい、そこから左の菊坂に入ると、一葉が転居を繰り返す中でも一貫して通ったという旧伊勢屋質店があります。
ここの当時のご主人は、一葉が亡くなった時にお香典を包んだそうです。
そして菊坂の南側に平行して走る菊坂下道に降り、さらにその下道から路地に入ると、一葉が小説で身を立てることを志した19才の頃に住んでいた旧居跡があります。
この井戸は一葉一家も使っていたとか。
最初この井戸の左側に住んでいて、途中で一間多い右側の家に移ったそうです。
それにしてもここの一葉旧居跡は何の看板も目印もなかったので、前日にスマホで見た地図の記憶だけを頼りによくぞすんなりと見つけられたと我ながら感心?しました。
それ位、小さな小さな路地でした。
歩き疲れのおばさんを誰かが助けてくれたのかもしれません。
この界隈をもっと歩きたくて、菊坂下道から炭団坂を上がって高台に出たあと、また鎧坂を下ろうとすると、金田一京助・春彦の旧居跡がありました。
ってことは、ここに『アイヌ神謡集』の知里幸恵さんがいたのでしょうか。
そんなこんなでウロウロし過ぎて晩御飯の支度に間に合わなかったので、帰宅途中のデパ地下でお弁当を買って帰りました。
帰ってスマホの万歩計を見たら19120歩。
私にしたら3日分。
いいお散歩が出来ました(^-^)



